第三十二話 輪廻転回 8
世界が揺れて、明滅した。一瞬全てが消えて、また元に戻る。全てのモルフが死ぬか気絶するかしている中で、ハクと渦翁だけが、辛うじてその意識を保ち、世界の生死を分けるその瞬間を目撃した。
クウとラスは失神して、地上に落下している。だが、二人とも、大地に激突する直前で意識を取り戻して、受け身を取った。二人とも唸りながら、直ぐに戦闘態勢を取る。ラスは胸を押さえていた。彼の胸の完全鍵からは、緑光の血が流れていた。オーロウの中でクウの手が鍵を掠めてそれを削ったのだ。ラスの命とも言える完全鍵を。ラスの表情には苦痛と驚きが浮かんでいる。一方でクウもまた、胸を押さえていた。だが、そこにあるのは苦痛の表情ではなかった。勿論、勝利の喜びでも無い。クウは胸を見下ろす。
「……か、瘡蓋が……ぁぁああああああああっつ!」
驚きは恐怖に変わり、クウは絶叫する。輪廻転回に失敗してから瘡蓋に覆われていたクウのイドがむき出しになり、深紅の光を迸らせていた。あの時、大渇破がヒビを入れたことがこの結果に影響したのかも知れない。であれば、皮肉で世界は歪んでいる。供にラスを倒すことを目的としていたのに。事情を知らないラスは、自身の手が握りしめるクウの瘡蓋を見やり、少し匂ってから捨てた。
「何か知らんが、決着だねぇ。ファンブル君。これで君のイドは暴走して自滅する。お疲れ様だねぇ。」
へらへら笑うラスにクウは突進して、しがみついた。ラスは無様な足掻きに失笑してしまう。だが、ラスが気分が悪くなるような意地悪を言う前にクウは叫んだ。もう、時間が無いのだ。
「皆、元気で!僕は幸せだったよ!」
誰が聞いているかも理解せずにクウは世界に向けて叫んだ。クウは思い出していた。称名池での大渇破との会話を。
……クウよ。お前はただのファンブルではない。極めて高い魂気に身体が耐えきれなかった為に輪廻転回を止めたのだ。もし、お前の身体がお前の魂気に耐えられるほど強く成長したのであれば……前例はないが……可能性はある。お前はただ、早すぎたのだ。あのまま輪廻転回を続ければ周囲を飲み込む魂の大爆発が起こったじゃろう。じゃが、今ならどうかの……命を賭ける覚悟があるのであれば、或いは。
(正直、本当にひどかった頃よりはましだけど、幼生の時の方が健康で強かった。あの時で駄目なら、今の身体では輪廻転回に耐えることは出来ない……。)
クウは確信して、覚悟していた。大渇破の言葉が正しければ、クウは魂の大爆発を起こし、死ぬ。
「逆に……それで善かった。」
成るほど、自分が最後の子として生まれながら輪廻転回出来なかったことにはこんな意味があったんだ。成るほど、僕がずっと世界を助けたいと思っていたのはこの瞬間にちゃんと死ぬ為の準備だったんだ。成るほど。僕の価値は死ぬことにあったんだ。成るほど。
……クウの瞳から涙が零れ、それが大地に落ちた時に魂の大爆発が起こった。




