第三話 零鍵世界 1
ここは零の鍵の世界。100年前、開闢が現れ朧が踊り、世界は崩壊に向かって進み始めた。守護者の鍵は失われて、全ては閉ざされた。日輪は沈み、髑髏の死神は世界を彷徨う。でも、それでもこの世界の住人達は、前を向いて生きていた。
モルフ《擬人種》は所謂、人類とは異なる姿をしている。人とその他の生き物との合いの子の姿だった。鹿と人の、蜘蛛と人の、蛙と人の……ありとあらゆる生き物と人の中間の姿をしていた。大人達は。だが、子供達は違った。体毛の少ない、鼻の低い人の形をしていた。僅かな眉と頭髪がある人の子供の姿をしていた。性の区別も無く……とは言え、大人になった時の性別は確定しているのだが……翼の無い天使のようだった。当然、彼ら三人もそうだった。頭部に小さな角が二つある背が低く愛らしい顔のクウは、お気に入りのオーバーオールを着て、継ぎ接ぎだらけの鉄の棒を握りしめている。柔らかく短い頭髪がある、少し背の高い女の子のハク。袖の無いワンピース姿が愛らしい。足下はいつもサンダルで本気を出す時は裸足で走り回るのだ。額に一本角が生えていて、大人と変わらない体格のロイは、フーディーで、彼の獲物は大きな石製のハンマーだ。今、幼馴染みの三人は崖の切っ先から飛び降りた。彼らの眼下では樹海が揺れている。何かが土煙を上げながら樹海の中を突進しており、五十メートルはあろうかという大きな木々をなぎ倒し進んでいる。その何かの進行方向、樹海の切れ目に向かって三人は落ちて行く。彼らの目的地に一人の成体が飛び出してきた。大柄で筋肉ぶとりの壮年の男だ。彼は、ツノガエルのモルフ。和装を纏い、手には金剛錫。落ちてくる三人に気付く。
「またクウ達か!!」
六角金剛の一人、蛙王角の黒丸は笑いながら叫ぶ。黒丸は狩猟隊に向かい激を飛ばす。
「来たぞ!ジャリタレ共じゃ!貴様等、先を越されるな!」
その怒号と共に樹海から成体が駆けだしてくる。蜘蛛のモルフのセアカ、狼のモルフのサカゲ、駝鳥のモルフのグワイガ、他にも10人のモルフが樹海から現れる。雑多な種属達が狩りのチームを形成している。と、共に。轟音が響きそれが現れる。
敵対種。
それは、百年前に漂泊者達の消失と供に現れた。野生の超獣達だ。ありとあらゆる動物に似て、しかし、それを遙かに超越した存在だ。モルフを襲い、街を脅かす存在。それが敵対種だった。樹海を飛び出したそれは山亀。見た目は普通の岩亀だ……が、体高が二十メートルもある。
「セアカ!糸で足止めじゃ!霧街に行かせるな!」
リーダーである黒丸が指示を出す。セアカは“絶対捕縛の糸”を繰り出そうとしたが、山亀の咆哮に怯みタイミングを逃す。咆哮に続いて山亀は炎を吐く。その身体に相応しい巨大な炎だ。だが黒丸もサカゲも炎を軽々と躱す。山亀は炎を吐きながら首を捻りセアカを焼き殺そうとする。セアカはその迫力に怯み炎に巻き込まれる……寸前で、グワイガに救われる。グワイガがセアカを抱えて高く跳躍する。山亀の炎は追い付けない。
「そろそろ腹を括れ、セアカ。過去の恐怖を飲み込め。今のままではいつか実死するぞ。」
グワイガの言葉に若いセアカは苦い顔をする。二人は敵対種の背に飛び乗った。グワイガはセアカを放り出す。セアカは葛藤を飲み込み、グワイガに礼を言おうとしたが、彼はこちらを見ていなかった。空を見上げている。
「見ろ……奴らの方が上手だぞ。」
駝鳥のモルフの視線の先には、"本物の"最後の子等がいた。崖から飛び降りたのだろう。彼らの頭上には、蟲王角一文字の息子、ロイの姿があった。成体でも扱えないような巨大な石槌を高々と構えている。ロイは大きく叫びながら、石槌を山亀の額に打ち下ろした。五メートルはある巨大な頭部がロイの一撃に負ける。ロイの“昏倒槌”を食らった山亀の額の鱗はひび割れ飛び散った。敵対種は下顎を大地にぶつけ、火を吐く為に大きく開いていた口が閉じた。炎が山亀の口中で爆発する。山亀は激高して咆哮する。頭を振り回しロイを突き飛ばそうとする。ロイは当然のようにそれを躱す。
「失神しなかったか!強い!」
驚きつつもロイの心に恐怖は無い。有るのは未知に挑む高揚。再び、技……昏倒槌を打ち込もうと身構える。山亀は小賢しいこの小さな生き物に炎の制裁を加えようと向き合い、息を大きく吸い込み始め……
「こっちだー!!」
体高二十メートルを超える、社のように大きい敵対種に身長百五十センチメートルのクウが果敢に挑む。飛び込んでいく。ロイに意識を取られていた山亀の反応が遅れる。その僅か一瞬をクウは捉えた。六角金剛達が持つ、金剛錫を真似て作った鉄錫……廃材で作った継ぎ接ぎの鉄の棒だ……を鋭く突き出した。ロイが山亀の額に作ったひび割れに鉄錫が刺さる。山亀が吠える。血が噴き出す。が、山亀は倒れない。山亀は頭部を振り回す。クウは素早く飛び上がろうとして、血で足を滑らせた。山亀の頭部から無防備に落ちる。怒りに震えながらも山亀はそれを見逃さない。爆炎を吐く。クウは炎に飲み込まれる。
「クウ!!」
蛙王角の黒丸は叫んだ。自身の油断を悔いた。クウ達がどれだけ優れていても、所詮は幼生なのだ。大人達が、成体が守ってやらなくてはならなかった。だが、もう遅い。あの炎に焼かれてしまっては、命は……