第三十一話 輪廻転回 7
クウの作戦はいつも同じで、これまで一度も違うパターンで舞闘したことは無かった。即ち、相手の懐に飛び込んで、非可逆的なその一点を越える瞬間にオーロウで相手の技を躱して反撃するのだ。必ずその作戦だった。ただ、オーロウに持ち込むまでに様々な策を廻らせたし、オーロウからの逆転技も細心の注意を払っていた。クウはたった一つ、オーロウしか使えなかったからこそ、それを研ぎ澄まし、いつ、どう使えば勝てるのかを熟知し、洗練させていた。今のラスに対する突撃もラスの傲りを見抜いてのことだ。
……今、クウはオーロウの中に居た。
いや、外かも知れないし、同時に両方に存在していたと言っても良いかもしれない。いずれにしても、彼は今、世界と繋がっていた。氷に沈む大鯨や溶けてしまったアマト、霧街に開いた世界を貫通する大穴も空の眼も流動する闇も感じていた。それらの皮膚はクウの皮膚で、クウの皮膚はそれらの皮膚でもあった。クウは彼らの眼から世界を見ることが出来たし、逆に彼らもまた、クウの眼から霧街を見ることが出来た。突然、クウはクウ自身を見る。
ラスの視線だ。
クウは流出した意識を引き戻して、クウ自身に戻った。クウはクウの視線から世界を見る。虹色に渦を巻く闇の中を突き進んでいた。この虹闇の中のラスは漆黒の鍵の形をしていた。その鍵は心臓の様に脈動し、亡霊のように揺らいでいた。クウはそれをやり過ごして、ラスの背後に抜けた瞬間にオーロウを解き、反撃をするつもりだった。が。
(……今、あれに攻撃したらどうなるんだろう?)
唐突にクウは認識した。今、クウが見ているラスの鍵は玖鍵世界の完全鍵であると供にラスのイドでもあるのだ。働き者のナマケモノモルフのナン先生の授業を思い出した。百年前に突然現れた幼生の開闢が日輪さまの完全鍵を盗んだ為に、日輪さまは死んだ、と。
(じゃぁ、同じ鍵の守護者であるラスも……。)
クウはその漆黒の脈動する鍵とすれ違うその刹那、素早く腕を伸ばし、鍵を鷲掴みに……瞬間、視点が入れ替わった。ラスとクウの視点が。ラスから見たクウは赤く燃える炎の塊だった。ラスの鍵と同じように揺らいで、脈動している。彼等は瞬時に理解した。ラスはクウが鍵を奪おうとしていることを知り、クウはラスがイドを握りつぶそうとしていることを知った。
(う!あ!あああああああぁぁっっ!!)
二人は叫び、しかし、互いに一歩も譲らずにお互いの核心に手を伸ばした。




