第二十六話 輪廻転回 2
黒丸は雄叫びを上げながら、ラスの剣を握りしめて持ち上げていく。何度も死にかけて、腐った枯れ木のようなラスは軽々と持ち上げられてしまう。黒丸はそのままラスを地面に叩き付けようとするが、余裕の笑みで闇雲の剣を引っ込めた。くるりと身体を回転させて、ふわりと着地する。黒丸は痛みで顔を歪めている。ラスは笑う。
「足掻くねぇ……おもしろいよ。」
ラスは下品なゲラゲラ笑いをしながら周囲を見渡した。何もない。何もないじゃ無いか?この霧街にはもう。帝は頭部を失った石像と成り果てたし、最強の舞闘者である逐鹿も不死者夏至夜風をここ去った。大っ嫌いな大神も居ないし、心晴れ晴れ、だ。すかっとしてる。最高の気分。
「まぁだけど、本当に疲れたし、飽きてきた。禍で全部消し飛ばすかねぇ。」
ラスは残った魂気の全てを禍につぎ込んで、全てを終わらせようとした。ふと、脚に違和感を覚えて見下ろす。白い小動物が右脚に取り付いていた。長い胴と白く美しい毛皮を持つその動物は、鋭い牙でラスの脚をがりがりと噛んでいる。無論、ラスはこの程度の痛みには動じない。
「俺に噛みつくなんて、こんな小さな者まで変異してるのか?変な世界だねぇ。」
ラスは怒りに任せて、その小動物を踏み潰そうとして左脚を持ち上げ……ようとしたが、左には三匹の小動物が群がってラスの痩せた足の骨を削っていた。その瞬間に、こちらを見るミントの眼で気づき、ラスは自身の背中を確認した。背中には更に十匹以上の白い獣が群がっていた。ラスは体中から闇雲の剣を突きだそうとして止められた。
「ああ。駄目です。我々を怒らせてはいけません。仲間を殺すとぷんぷんになりますよ。」
ラスの目の前には、黒い毛皮の小動物がきちんと三つ指を付くような姿でお座りをしている。意味不明さに苛立つラスに、それは礼儀正しく接した。
「ああ。申し遅れました。私達はオコジョです。全員で百匹居ます。私はトト。どうぞよろしく。」
「あ?」
ラスは馬鹿みたいな返事を返す。状況の展開について行けなかったのだ。
「知らん。それがどうした?どうだっていい。貴様など。オコジョ?何だ?何故、そのトトがここに居て世界最強の八咫烏に話し掛けているのだ?」
トトはにっこりと笑う。
「ただの時間稼ぎですよ。そろそろいいかも知れません。」
言いながら彼らの周囲に目に見えない力が働き始める。ラスの皮膚がピリピリと痺れ、頭髪が持ち上がり始める。どこかで聞いた生きの良い声が響く。
「落ちてこい!あたしの――。」
全てを思い出したラスは慌てて声の方を見上げる。真っ白く美しいオコジョモルフのハクがおおぞらを舞っていた。牙を剥きだして、真紅の隈取りに彩られた彼女は、振りかざした両腕を引き下ろす。
――霹靂!
直径百メートルの巨大な雷の嵐がラスを襲った。叫ぶ間もなくラスの身体は蒸発し始める。トトはその死の嵐の中で、陽だまりの中を散歩するような優雅さで毛繕いをしていた。
「ご心配なく。私達はびりびりと仲良しですので平気です。ラスは大変そうですね。」
ラスは自身の魂気がもう残り少ないことを感じていた。守護者といえど、魂気は無限では無いのだ。ラスはその怒りと守護者である誇りだけを根源に魂気を絞り出し、練り上げて霹靂の破壊から身を守っていた。彼の肉体は蒸発と再生を繰り返していた。波の様にさざめいていた。しかし、ラスには勝算があった。ハクの霹靂はたしかに瞬発力があるが、その一瞬を耐えきれば後はどうと言うことは無い。自由落下してくるハクの柔らかい腹を最後に、自分の黒い剣で貫けば良いだけだ。
(この術は瞬発力だけだ。この一瞬を……?)
ラスはふと、思い出す。
(確か他にもとんでもない瞬発力のある技を行使するモルフが残って居なかっただろうか?敵が多すぎて失念していたが――。)
ラスが気付くのと、ハクの霹靂が終わるのと、次の雄叫びが届くのが同時だった。ラスは本当に焦り、叫ぶ。
「ややややぁあああああああああ!やめろおおおおおお!」
廃墟となった霧城の瓦礫の中からとてつもない突進力で黒いモルフが突き進んでくる。それは正に一瞬で、ラスが何かの反応を起こすことは出来なかった。
――白死。
唐松模様の隈取りに覆われた、機甲蟲モルフのロイの極技が炸裂した。白死は巨大な光槍となり、飛翔する。ラスは必死で躱す――が、大爆発が起こり、全ては白光に飲み込まれた。




