第二十五話 輪廻転回 1
現神王は零鍵世界の天上を割り、その先の虚空へと消えていった。崩壊した霧城の城門前に最後に残ったのは、玖鍵世界の守護者、八咫烏だった。彼が追った傷は深く、完全に回復することは出来なかったが、辛うじて枯れ木のような肉体を出現させた。ひょろり、ゆらりと傾ぐその姿は見る者の恐怖を煽った。ぼろぼろになったカラスの髑髏のお面の奥から、狂気に輝く瞳が覗いている。
「……あぁ。疲れた。でも漸く、決着だ……俺の勝ちだねぇ。」
ラスはゆらゆらと周囲を見渡しながら、盛大に引き笑いをした。天を仰いで大笑いだ。その狂的な笑いを聞く者も霧街には殆ど居なかった。殆どのモルフ達は死ぬか大怪我をしていたし、数少ない軽傷者達も疲れと絶望に取り付かれて新たな恐怖と対峙する胆力を発揮出来ずにいた。すっと、ラスの表情が抜ける。
「あーあ。さすがに飽きてきたねぇ。ここに居るみんなは皆殺しにしてお仕舞いにしようかねぇ。」
掌からゆっくりと黒い刃を伸ばしながらラスは呟いた。現神王の無慈悲な言葉からまだ立ち直れないジュカのミントは驚きで瞳を丸くする。
「現神王さまにこの世界を滅ぼすことは認めないと、ここから立ち去れと命じられたのに貴方はそれを無視するのですか!」
純粋で幼いミントは真面目にそう言った。真正面から大神の言葉を最大限に良い方に捉えているのだ。ラスは、その様子を見てその言葉を聞いて、にたりと笑った。
「ああ。勿論。現神王さまの神命には背けない。この世界は滅ぼさずに封印する。だからといって、貴様等を野放しにする訳では無い。それともなんだ?自分たちこそがこの世界の核心で自分たちが滅べば、この零鍵世界は死んでしまうとでも?違うねぇ。そういえばさっき、誰かが――誰だっけ――言ってた様な気がするが、貴様等はこの世界の要素の一つに過ぎない。モルフの絶滅など、世界も神も頓着しないねぇ。」
ラスは真っ直ぐ右腕を伸ばし、ミントに向けた。ミントがしっかりと状況を……私は殺される……を理解したところで闇雲の剣を突き出した。
蛙王盾!
一歩さがり、ミントを見守っていた黒丸は蛙王盾でラスの攻撃を防ごうとした。だが、影とは違い、真身の八咫烏にはそれは通用しなかった。黒丸の盾を破り、剣がミントに伸びる。黒丸はミントを庇うために彼女の前に立ち、両手で剣を掴む。指や掌から大量の血が溢れる。
「そうはさせん!!」
叫んだ瞬間に黒丸は闇雲の剣に貫かれて、血を吐いた。黒丸を貫通した刃は、ミントの肩を貫いた。彼女から、弱々しい悲鳴が上がる。ラスは馬鹿笑いだ。黒丸はちらりと渦翁を見やった。瓦礫の中に跪いて憔悴しきっていた。ラスに気付かれぬように沢山の癒やしを行使していたのだろう。その身体から発せられる魂気は弱々しく、恐らく、舞闘限界を過ぎているはずだ。碌な癒やしが使えないのだろう、最早、誰が死に誰が生き残っているのかもはっきりとしなかった。
(……無理か、渦翁よ。)
黒丸は覚悟を決めた。この身体が動く限り舞闘を続ける。それが、誰かの命を繋ぐことになるかも知れないし、ただの無駄死にになるかもしれない。
「じゃが、やることはやっておかんとな。寝付きが悪うなるわ。」




