第二十三話 神々の眷属《アドミニオン》 14
岩と金属が激しく擦れる摩擦音が廃墟となった霧街に響き渡った。しかし、モルフ達全員を押しつぶすと思われた、落石は地上には届かなかった。大渇破を越える巨体を持つ石像は倒れこむ寸前で宙に浮いているのだ。巨像から撒き散らされた殆どの岩も宙ぶらりんの状態で浮かんでいた。その光景は、夜の帳に包み隠されそうになっているこの零鍵世界を奇妙で神秘的な世界に塗り替えていた。
それは、絶対捕縛の糸だった。セアカが防空の為に張り巡らせていた不可視不断の糸だった。飛来する烏頭鬼を防ぐために霧城背後の崖を利用して、城周辺に張り巡らされていた。それが、現神王の倒壊からモルフ達を護ったのだ。この糸が無ければここで全員死んでいたかも知れない。この意味において、セアカは世界を救ったのだ。主が死んで尚、その目にも見えない細い糸はしかし、その役割をしっかりと果たした。現神王もそれを面白がった。
「がががががががが!なんと!まさか!この質量を堰き止める術があろうとは。愉快だ。ががががががががが!」
大笑いする大神はしかし、唐突に笑うことを止めて立ち上がった。抉られた脛は瞬時に修復した。夏至夜風は笑う。
……大好きな舞闘はまだまだ続くのだ。
だが、現神王の馬鹿笑いは止まり、仏頂面の石造がラスを見下ろす。
「悪くない。このデタラメな変異達は。だが、何故、報告しなかった?八咫烏。これは我々《アドミニオン》にとって非常に有益な情報だ。何故、直ぐに報告しなかった?」
ラスは俯き、一切の弁明をせずに口をつぐんだ。その横をすり抜けるように夏至夜風は走り、現神王の真下で倒神の宝剣「曙光」を最大舞闘力で振るった。朝日がもたらす真新しい朝の中にだけある、純粋な光が垂直に立ち上がった。体長五百メートルを越える巨像の身体をその曙光が走り、現神王が両断された。左右に身体が引き裂かれながらも大神は笑う。
「がががががががが。面白い、が。そろそろ面倒だ。」
倒壊しかけた現神王は一瞬で一点に収縮して、小さな塊となり、そのまま夏至夜風に向けて落下した。夏至夜風は瞬時に飛び下がろうとしたが、間に合わず。その重い塊に腹部を貫かれた。
「おっ。」
それが夏至夜風最後の言葉だった。彼は不死の存在であるため、またいつか、闇が集い再び実体となるかも知れない。だが、取りあえずそれはもう、遠い遠い未来の話だ。そうやって、夏至夜風はこの物語から退場した。




