第一話 死にゆく世界 1
胸が痛い。肺が破裂しそうだった。ここまで走り続けたジャガーモルフのミントは、初めて入り込んだ狭い路地裏で必死に息を整えようとしていた。美しい体紋の上に原色の華やかな衣装を纏っている。彼女の愛くるしい瞳から一滴。
(ああ。何処へ逃げれば?)
震えながら声にも出せずにミントは想う。何処へ逃げれば良いのだろうか?どうしてこうなったのだろうか?誰か助けてくれないだろうか?世界はどうなってしまうのだろうか?
……ここは、ジュカ。零鍵世界で最後に残った国の一つ。水紋の国がある大陸の中央に位置する。人口は二百万人で水紋の二倍だが、ファンブルが人口の半数の百万人生活している。国力としては水紋と同等だ。樹海の奥深くに存在する国で虫や猛獣など、樹海に生息する生き物たちのモルフで溢れかえっている。カラフルで躍動的で、様々なモルフ達が生活するこのジュカは生命が溢れ百花繚乱していた……勿論、植物のモルフは存在しないが……のも過去の話。その熱帯の王国でミントは震える。巨大な山々に挟まれた樹海の奥底で繁栄してきた王国に最後の時が訪れようとしていた。
「誰か……だれカアァァ!!!」
彼女の美しい毛皮は血と埃と泥にまみれて見る影もなかった。必死で叫ぶ彼女の視線の先には死にゆく世界があった。
空の眼が国の上空を覆っていた。それの始まりは直径百キロメートルにも及ぶ巨大な目を持つ台風だ。それは突然現れ暴風を巻き起こしながら徐々に圧縮していく。今、ミントの頭上の空の眼の目は直径十キロメートル迄に圧縮されていた。いつ“反転”してもおかしくない状態だった。ミントはいつ起こるかも知れないこの破滅的な現象を父から聞いていた。“反転”のその先の事象を。だが、今はそれどころではなかった。空の眼が連れてきた流動する闇から逃げる事が全てだった。まず、それが必要だった。ファゴサイトは黒い半透明のゾル状の敵対種で、自身に触れる物を取り込み、消化する。獲物の隙間という隙間から体内に侵入し、全ての接触面から獲物を溶解する。囚われれば最後。逃げる事も治療することも出来ない。ただ、躰を溶かされながら死んでいくだけだ。それは正気を維持することなど到底不可能な苦痛だ。皆、これまで生きてきた自身とは完全な別物になって、発狂して死んでいく。




