第四十五話 夜の半分 45
「全員を収容しろ!我らではどうにもならん!」
渦翁が念珠で霧城軍の幹部に伝達して、彼らは撤収した。狂った烏頭鬼も殺しに溺れる異形も神々の争いに目を奪われていた。霧街のモルフ達は可能な限り撤収して、霧城内に引き下がった。その間にも大空は巨鳥達が残す焼け焦げて腐敗する赤と黒の裂傷に覆われていった。陽を失った空はしかし、眠ること無く狂気の渦に飲み込まれていく。大きな音が轟き、まぶしい光が破裂した。空気が焦げてツンとする匂いが霧街を覆った。
「こちらは片付きましたよ。一文字さん。」
黒檀の丁寧な物言いに忍達は驚くが当人達は微笑んでいた。裏街の忍達は霧城最上階の決戦を制して、霧城の最下層まで降りて、霧城軍と合流した。
「まさか戻ってくるとはな。しかも、一番辛いこの瞬間に。」
「帰らないなんて一言も。」
二人は緩く笑う。既に霧城軍は城門から引き下がり、霧城内に撤収していた。烏頭鬼や異形、狂気のラスなどはそこに存在しなかった。重傷者が多く、八掌の癒やしは一向に追いつかないが、それでも以前より平和だった。誰が敵で誰が味方かすれ違う仲間の腹の内を探り合う邪悪は存在しなかった。黒檀は驚く程の久しぶりに霧街で完全黒化を解いた。微笑む一文字の背後から声が掛かる。
「シキ。」
只、それだけを発して、親友は歩み出て、シキを抱きしめた。
「セアカ。」
「何やってんだよ、お前。」
「ああ。お前も。」
最後の子と呼ばれて見捨てられて、彼らは漸く今、この陽の失われた暗黒の世界で再会した。当然、恋人同士ではなく、血のつながりでも、単純な友情や懐古が彼らを繋いでいるわけでは無かった。敵とも味方とも付かない関係を長く続けながら、それでも自身の半身として愛し、心配し、探してきた唯一の存在だった。互いにそうだった。漸く見つけたうれしさと今まで隠れていた腹立たしさが綯い交ぜだった。空では神々の眷属が命を撒き散らして激突を繰り返していた。世界は絶望に覆われて苦痛が支配している。それは間違いない。でも、それだけでも無い。世界には命を削り、命を使い果たしても悔いも残らないような核心が存在しているのだ。魂の核心とも呼べる唯一無二のそれが。その名前は知らない。でもその名前も無いその感情に突き動かされて彼らは進む。
「しかし、どうする。オヤジ達は疲れ切っているし、お天道様はあの通りだ。」
セアカがいつになく上機嫌でふざける。シキは真面目を返す。
「今は俺たちに出来ることなど無い。が、準備は進めよう。傷を癒やし、軍を再編して、備えるんだ。」
「何によ?」
セアカは呆れそうな顔でシキを見返す。
「全てに、だ。」
真顔で答えるシキにセアカは完全呆れ顔となったセアカもシキのシキらしさに堪えられず、高々と笑い声を発した。
「――ま。でもそうだな。神々の眷属に俺たちモルフが挑んでも無駄だな。」
「ああ。」
「パンはパン屋に任せるか。」
「パン屋?あれが!?」
「あれ呼ばわりか?」
一瞬の間を置いて、幼なじみは腹の底から笑った。




