第四十三話 夜の半分 43
陽は傾き、世界を照らしていた。血のような色で。廃墟となった霧街と最上部が破壊された霧城。周囲の農耕地を含めたその場所はモルフ達の死体、死体、死体、死体、死体。そこに絶対者として君臨しているのは体高は百メートルを越える髑髏烏の頭部を持つ巨人。玖鍵世界の鍵の守護者、八咫烏を名乗り一瞬で霧城軍を壊滅させた神の眷属。ゆっくりと戦塵が舞い、モルフ達が苦痛と恐怖で震える以外は動く者も無かった。赤色に煤けた世界にラスは満足していた。世界は徐々に加速するように昏く、落ちていく。
「素晴らしいな終焉は。これまで多くの戦を平定してきたが、今回が一番だ。さあ、その時が来た。皆、死ね。」
言いながら破壊の魂力を練り上げるラスはしかし、途中で違和感を感じた。
「昏い……な。」
日没が訪れたのかと太陽を見やるが、まだ地平に浮かんでいた……が。ラスの巨大な視線につられて瀕死のモルフ達も日没寸前の太陽を見る。
「き……消え……る?」
一文字は夜を司るラスが零鍵世界の太陽の命を喰らって消失させようとしているのだと更に絶望を大きくした。しかし、ラスの気配からそうでは無いと渦翁は気付いた。
(何だ?何が起こる?何が起ころうとしているのだ。)
……どくん。
心臓の拍動にも似た魂気の脈動が世界を覆った。熱を持ち触れる者を奮い立たせるような魂気だった。ラスは素早くその魂気の源泉を探り当て振り返る。霧城城壁の見張り櫓の屋根上にそれは存在した。六角金剛達もその存在に気づき振り返る。世界のマイトが渦を巻いてその存在に吸い込まれていくのだ。
「髑髏のモルフ!」
霧街の誰もが叫ぶ。モルフ達の国々を次々と滅ぼしていった死神。誰もが知っている存在だ。
……最初に貪食者が現れ、モルフを絶望に引きずり込み、次に黒い嵐がモルフを地獄に堕とす。最後に髑髏が現れ世界が死んでいることを確認する……。
霧街では誰もが知っている伝説だ。その髑髏が遂にこの霧街にも姿を顕したのだ。その髑髏モルフは霧城の見張り櫓の屋根上で立て膝で胡座をかいていた。
……どくん……どくん……。
その髑髏モルフの魂気は脈動していた。陽は地平に隠れようとはせずに、でも、どんどん昏くなる。
「久しいな。ヤタガラス。」
髑髏はその外観にそぐわない、瑞々しい声で挨拶した。世界の隅々にまで届く、澄み切った声だった。ラスがその髑髏を認識すると供に髑髏モルフは立ち上がり、声にならない雄叫びを発した。世界が震える。モルフ達は耳を塞ぎ、いよいよ世界が終わるのだと覚悟した。天空の太陽は沈まずに唯々その光を弱めて、消えていこうとしていた。それとは対照的に髑髏モルフの魂気は増大して燃え上がり、光を発する。強力なその光は髑髏モルフの輪郭を覆い燃やしながらそれの肉を指先から修復していく。骨だけだったそのモルフは肉を蘇らせ、血を作り出し皮膚を再生させて人の姿となっていく。長い指が、しなやかな脚が、豊かな胸が、燃えるような長い髪が蘇り、その髑髏モルフは長身で豊かな肉体を持つ、美しい女性の姿となった。後は胸の中心のイドが復元されれば完全となるところで、全てが再生される前に太陽は消失して、彼女の胸には燃える炎の穴が残った。その炎の穴は拡がったり縮んだりを繰り返している。
「まだ居たのか。ニチリン。」
苛立ち紛れの八咫烏の言葉にゆらゆらと薄衣を靡かせた、彼女は返した。
「ああ。まだ居る。そして俺は永遠にここに留まる。」
美しい姿からは想像も出来ない腹の据わった声をニチリンは発した。
「だが、完全鍵が無いな。太陽のエネルギーを自身に移して実体を復元したのか。支配世界に居ながら完全鍵を持たない貴様と支配世界ではないが完全鍵を持つ私とどちらが強いだろうな……ところで、それはいつまで持続するのだ?その肉体は。」
ニチリンは笑う。豊かな胸の前で掌を上に向けてラスに差し出す。
「長くは続けられない。本当に太陽が死んでしまうからな。だが、貴様を殺すには充分な時間だ。」




