第四十二話 夜の半分 42
その深い闇色の髑髏烏の巨人はゆっくりと両腕を広げた。腕につられるようにその背中から豊かな羽を湛えた黒い翼が現れた。その姿はまるで黒い天使だった。その霧城の戦いに参加していた全てのモルフ達がそれを見上げていた。沈みかけた太陽が低く低くラスを照らし上げていた。ラスはまたゆっくりと両腕と翼を畳み自身の身体を覆った。そして、告げる。
「私は、夜の半分……夜の世界の半分を覆う者。」
ラスは自然な動作で両腕を翼を広げる。ふわりと緩い風が巻き起こり霧街を包む。六角金剛達は直ぐに察した。
「まずい!回避しろ!!」
渦翁は叫ぶ。単なるそよ風に思えたその大気の揺らめきには致死的な鋭い刃が隠されていた。全力で魂力を刃羽の防御に回したが防ぎきれるものではなかった。全員切り裂かれて血を流し呻き声を上げて倒れ込んだ。六角金剛達は勿論、魂力の弱いその他の舞闘者達なら尚更だ。ラスは満足そうに周囲を見渡した。粉塵と血飛沫が低い陽光に覆われた世界を包んでいた。ラスはそれぞれの魂に響く重い声で宣言した。
「私は、玖鍵世界の鍵の守護者、八咫烏。役目を終え、その陽が消えようとしているこの零鍵世界に終焉を呼ぶために来た。」
禍々しい嘴を持つその黒い巨人はしかし、艶やかな羽を揺らめかせて死にかけた世界を見渡していた。誰も言葉を発しないことを確認してラスは満足して続ける。
「貴様達はただ神の眷属である我々に仕え、我らの客人をもてなすだけの為の存在だ。我々が許す範囲で活動し、現れては消えるだけの無意味な存在だ。我々の行動を理解する事は出来ない。我々の行動を制限することは出来ない。貴様等モルフのそれは命でないのだ。それを確認し証明するために私はここに来た。そして、全てを回収する。」
モルフ達にはラスのその言葉の神意は理解出来なかった。ただ、ラスが本当に鍵の守護者で神の一族であるとするのなら、我々はこの戦に勝つことは出来ないし……神に愛されていないのだ、と絶望した。いつか聞いた言葉が黒丸の胸の中に拡がる。
……天災である空の眼とどう戦えば良い?流動する闇とは……。
(その通りじゃ。儂等は世界には勝てん。勿論、神やその眷属にもじゃ。どうしろと言うのじゃ。ただ、全てを受け入れるしかないのか……。)
それは絶望。人々から希望を奪い、死に到らせる最も強力な毒だ。黒丸はその猛毒の前に跪いて、頭を垂れて全てを受け入れようとし始めていた。霧街で一番諦めの悪い黒丸でさえそうだった。その他の者が涙し嗚咽していたとして、誰が何を言えようか。一瞬で世界は絶望に覆われ沈みきらない陽が昏く昏く……消えていく。




