第三十六話 夜の半分 36
イソールの百花繚乱が作り出す巨大な障壁が霧街を取り囲んでいた。それは毒を持つ棘で覆われた植物で出来た壁だった。通常、ファンブル達はモルフの成体とは違い、練術は一つしか使えない。それも最も単純な下術や小技だけだ。今、イソールが行使した術も確かに下術に分類される術だった。だが、イソールはその下術を訓練し洗練させて、効果を最大に引き出していた。元々は地面から一つの草花を活気づかせて花を咲かせるだけの術だった。それをイソールは鍛錬で、一本を二本に二本を三本にと数を増やし、十センチメートルを二十センチメートルにと伸ばし、今では百万の植物を三十メートルを越える樹高にまで成長させることが出来た。ただ、植物を育てるだけの術でも訓練を怠らず、使いどころを間違えなければ一発逆転の効果をもたらすのだ。
「大地が枯れてしまうから、余り使いたくは無いんだけど。ごめんなさいね。恐らく、数年は霧街周辺で作物は育たないわ。」
「そうか。だが、今は今だ。明日のことは明日考えれば良い。霧街は裏町がくれたこの好機を逃さない。烏頭鬼との闘いに決着を付ける。」
渦翁は金剛議場の大窓から眼下の戦場を見やる。一文字が夏至夜風を倒し、霧城軍は暴走する程に活気づいている。今のイソールの百花繚乱で驚き、少し冷静になっただろう。戦を仕切り直すには丁度良い。少しだけ振り返り、渦翁は告げる。
「今から一気に畳みかける。霧城の背後はお願い出来ないだろうか。黒檀によろしく伝えてくれ。誰が生き残れるか判らないが……誰が生き残ったとしても、再び街を一つにしようと。」
年老いたイソールはもじゃもじゃの頭を少し掻いてから小さく微笑んで、渦翁に返した。渦翁もいつの間にかすっかり年老いている。しわしわだ。
「そうね。」
そう言って、イソールは笑った。




