第三十三話 夜の半分 33
最初に欠落を感じた。最強の異形である夏至夜風は“欠落している”と感じた。何を?判らない。ただ彼の直感がそう告げたのだ。
……欠落が発生していて、自分は生死の境に追い詰められている。
夏至夜風は全ての感覚を解放する。魂覚に頼らず、聴覚に頼らず、嗅覚に頼らず……そうやって僅か瞬きの一瞬で感覚を切り替えていく中で夏至夜風は、その存在を消していたモルフを発見した。大型の虎モルフが一文字に覆い被さっている。
「音と気配を消す術か。」
その言葉を聞いた彼は覚悟を決めて、姿を現す。大きな体格に似合わない、小心なタイガーモルフのルトラは答える。
「そ、そうだよ。僕は音と気配を消せる術を使う。それに高度な癒やしも出来るんだ。」
若いタイガーモルフのルトラは、言いながらその癒やしの術を一文字に行使しようとする。
「遅い。」
夏至夜風は曙光を振るう。最大攻力を発揮するための攻撃では無く、最大速力を発揮するための攻撃だった。八掌の一員であるルトラは当然そのような高速の攻撃を回避できない。ルトラは背中でその斬撃を受け重傷を負う。左の肩口から心臓に近い位置までの深い切り込みが入り、多量の出血を伴う重傷だった。
……で、痛みで癒やしの術を行使できないか、或いは自身に癒やしを行うか。いずれにしても一文字を癒やすことは出来ない。その一瞬が全てを決する。
夏至夜風はそのしなやかな脚で大地を蹴り、一文字とルトラに襲いかかる。霧城正門前の荒れ地に砂塵が舞い上がる。
真術治癒掌。
ルトラは迷うこと無く、痛みで術を失うことも無く、忠実に役目を実行した。夏至夜風は自身の命を省みないそのモルフの行動に舞闘者として感嘆しながらも冷静に行動する。まず、行動可能な虎モルフを殺し、その後、今だ意識が判然としない一文字を殺す。そう、計画した。常人には追従できない夏至夜風の踏み込みからのなぎ払いでルトラの首が飛んだ。夏至夜風は、緊張する。その虎モルフは微笑んでいた。
「僕の術は3つ。音と気配を消す術。痛みを消す術。そして怪我を消す術だ。」
絶命の瞬間その虎モルフ――ルトラは、そう、狭間の王に告げた。夏至夜風は理解する。音と気配を消す術で接近し、痛みを消す術で我の攻撃を耐えて、そして……
自身が切り離したそのモルフの首と頭部の隙間から奥の景色が……一文字が現れる。その瞳には光が戻り、マイトが完全回復していることが見て取れた。手には灼熱に燃える神斬が光り震えて、唸りを上げていた。
「お見事!」
夏至夜風はルトラに告げた。次瞬、夏至夜風は神斬に一刀両断された。




