第三十話 夜の半分 30
苦い表情を浮かべる黒丸を気に留める様子も無く、新たなラスは蛙王盾に溺れているラスを見つけて眉根を寄せた。右手で……左腕は肘から先が無くなっていた……顎先を掻く。
「何やってんのお前はぁ。油断してんじゃねぇぞ、ほんとによぉ。」
言うが、ラスはラスを助ける様子も無い。新しいラスは誰かを追ってきたようで、気に入らない逃亡者を探している。黒丸に気付いても、特別な反応は無かった。黒丸は二体のラスを興味深く観察していた。
(こいつらは一心異体ではない。異心異体なんじゃ。互いに起こったことを共有出来ておらん。しかも、無関心じゃ。互いにどうなろうと気にも留めておらん。仲間の生死にさえ関心がない……。)
黒丸はラスの本質を鋭く看破しつつも、現状に最も役に立つ情報に意識を合わせる。
(こやつ等には同じ手が通用する……何度でも。)
つまりそれはこの新しいラスも蛙王盾で仕留められる可能性があると言うことだ。ラスはその強さ故に常に慢心し、全てを見下している。霧街のモルフを見下してそのつまらない技など回避するに値しないと考えている。先程と同じ手口でラスを罠に嵌めることが出来るのだ。現に新しいラスは周囲に魂気を張り巡らせ逃亡者を探しているが、黒丸のことは無視している。取るに足らないと判断しているのだ。黒丸は透かさず蛙王盾を打ち込もうとして、止めた。ラスの右手首に付けられた念珠に気付いたのだ。念珠があれば仲間同士で念話が出来る。蛙王盾についての情報を流されては、今後の闘いが不利になる。ラスが何人いるかはっきりするまでは慎重に進める必要がある。ラスが圧倒的に強いことには変わりがないのだから。黒丸は判断した。
真技金剛掌!!
技を放つと供に黒丸はラスに飛びかかる。逃亡者を探して周囲に魂気を張り巡らせていたラスは黒丸の攻撃に容易に気付き、右手で金剛掌を受ける。黒丸はその一瞬を逃さずに金剛錫を手首の念珠に打ち込んだ。無論、ラスの腕はびくともしなかったが、念珠は砕け散った。
「何だ?邪魔をしないで欲しいねぇ。今、俺は忙しいんだよねぇ。」
ラスは黒丸に殺気を当てる。その殺気で、当初の目的を果たした黒丸はしかし、次瞬に繰り出されるはずのラスの攻撃を回避出来ないことを悟った。何をするにしても速度が追いつかない。そして不可避のその攻撃は、恐らく致命的である筈だ。死を覚悟した黒丸の直ぐ側を強力な衝撃が通過し、ラスはそれに巻き込まれて霧城の下層に打ち落とされた。黒丸は衝撃の出所に顔を向ける。黒光りする外衣を纏った舞闘者が空に浮いていた。
「ロイか!」
あんなに幼かった彼も今では自分を助けてくれるほどに成長していることに、黒丸は感動を覚えた。
「行きます。下がってください!」
ロイのその言葉で彼が何を行おうとしているのか悟った黒丸は素早くその場を離れた。同時に怒り狂ったラスが下層を吹き飛ばしてロイに向かい跳躍した。
「ほんとうざったいねぇ!きさまはぁっ!!」
ラスは上昇しながら、闇雲の剣を放った。ロイの脳天を狙って剣は延びる。黒丸にはそれが行使されたことすら認識できない速度だった。ラスは勿論この技がモルフには認識できない速度で発効することを理解していた。つまり、あの生意気な機甲蟲モルフは死んだのだ。脳天を貫かれて。
「それは先程、見た。俺には通用しない。」
ロイは必殺の闇雲の剣を首の捻りだけで回避した。ラスは更に怒り、加速してロイに突っ込んで来る。
「だからぁ!許可してないんだよねぇっ!!俺たちはぁ!!」
続けてコーマを打ち込もうとするラスにロイは冷静な眼を向ける。外殻が開かれ、内部構造が見える。四つの魂力核が唸りを上げる。
極技白死
それは以前から使用していた技を更に洗練強化したものだった。以前は同心円状に効力が拡散していた技だったが、今は跫音跫光に指向性を持たせることが出来ていた。音と光は指向性を持ち、収斂することにより物体に損傷を与えることが出来る技となっていた。跫音跫光は、巨大な光の槍となってラスを貫いた。自身の再生能力を過信していたラスは身体半分を引き裂かれながらもロイに攻撃しようとして……しかし、途中で塵となり消えた。最後にラスが残したのは呪いの言葉では無く、驚きの表情だった。ロイの白死もまた、古き神々が許可した範疇を超えた新しい技だった。




