第二十七話 夜の半分 27
霧城は霧街の背後に拡がるリツザンの裾野の崖に縋り付くように建設されており、霧城の天守閣の屋根と崖の頂上が同じ高さで繋がっていた。この崖とそこに続くリツザンが霧城の背後を守り、霧城を難攻不落の要塞としていた。霧城の背後に回るためには五百メートルの崖を登るか、リツザンを登り、そこから降りてくるしか無い。当然、軍隊はそのような進路から霧城に攻め入ることは出来ない。普通であれば。
「さぁ、始めろ。」
振り返りもせずラスは指示した。霧城背後の崖の頂上にゆっくりと闇穴が現れて烏頭鬼が這い出してくる。多くは翼を持つ烏頭鬼で、三面六臂も含まれていた。ラスは、彼にしか理解できない理由で、霧街に取り入って、霧城に忍び込み、たった一人で戦争を仕掛けているのだ。崖上に現れた烏頭鬼は百や二百ではなかった。千を優に超えて万に達する軍勢が現れようとしていた。今、霧城の背後から数万の烏頭鬼が現れれば、霧城に避難している街人や舞闘限界をリセットするために引き上げてきた舞闘者達が皆殺しになるだろう。霧城は背後にリツザンを背負っているため、常に戦は前面で行われてきた。そもそも、敵が背後に回り込むことが不可能であるため、背後の備えは無い。ラスはその不可能を知り、だからこそ、そこを攻めることにした。ラスは鼻歌交じりで霧城正門の王の舞闘を眺めていた。もうじき、そこに自軍がなだれ込み、何もかもを死の底に突き落とすのだ。ラスは鼻歌を歌う。
……がちゃり。
崖上でドアが開いた。ラスの知らないドアだ。近くにいた烏頭鬼達は冷酷な眼を、歪んだ嘴をそのドアに向ける。
……がちゃり、がちゃりがちゃ。
続けて複数のドアが開いた。露天風呂で上機嫌に歌うラスはそのドアに気付いていない。今やラスはワインを片手に身振り手振りで歌っていた。死を予言する死神の歌だ。歌いながら彼は思う。
(……死にゆく霧街に相応しい歌だ。もっと大きな声で歌わなくては。)
ラスは上機嫌で歌いながら、戦場を指揮し始める。ラスが右腕を振るえば右翼の軍が、左手を掲げれば左翼の軍が反応し、異形や霧城軍に襲いかかった。彼は上機嫌で歌う。そして、吹き飛んだ。
「一文字の邪魔はさせん。」




