第十四話 夜の半分 14
霧城軍は八掌ガリオンの真術、無限幻影が生み出した大混乱の中を撤収していた。完全舞闘時間が切れているモルフが大勢戦場に取り残されていたため、一度、ここで立て直す必要があった。このまま混戦を続ければ被害が拡大する事は必死だ。彼らは前線を見据えながらも、可能な限りの速度で撤退していた。このまま行けば数分で、霧城城門まで下がれる。
「おい。」
誰かが言った。モルフ達が撤収する霧城正門前に一人のモルフがゆらりと立ち止まっていた。そのモルフは長身で角の生えた兜を身につけている。撤収中の犬モルフの中の一人がその背中に話しかける。
「おい!邪魔だ。とっとと下がれよ!」
長身のモルフの顔をのぞき込んだ犬モルフは体中の力が抜けて倒れ込んだ。その犬モルフは大地に到達する前に絶命した。痩せた長身のモルフはゆっくりと両腕を掲げて低く叫んだ。犬モルフのことは眼中に無い。
「我は夏至夜風。三世六界の狭間を支配する刹那の王だ。我に舞闘を捧げよ!現世を生きる塵芥よ!生の全てを賭けた絶叫を聞かせよ!!」
撤収中の蜂モルフがその声を聞き、口上を述べる存在に戦槍を突き立てた。戦槍は夏至夜風を貫くが彼は意に介さない。風を切り裂くことは出来ないのだ。ゆっくり振り返り、蜂モルフを見つめる――その顔は逆さに付いており、彼の瞳は縦に三つ並んでいた。蜂モルフは悲鳴を上げて絶命する。夏至夜風の瞳の奥には見てはならない狂気が渦を巻いて、魂を飲み込むのだ。そのうねりに捕まったものは魂を抜かれ絶命する。夏至夜風はゆらりぶわりと膨れ上がり、二メートル、五メートル、十メートルと体高を伸ばす。退却中の霧城軍はその異様に気づき、動きを止める。夜風の周囲のモルフ達は次々と死んでいく。
「我はゲシヨカゼ。最も短く濃い、夜の核心。生と死の狭間の支配者だ!!」
宣言する夏至夜風の周囲に突如濃い闇穴が現れ、巨大な鬼が現れた。体高五十メートルを越える髑髏の大鬼――無常大鬼だ。現れた三体の無常大鬼は乾いた絶叫を上げる。
かぁあああああああああっ!
その声は同心円状に闇の虹を喚び、その声を聞いたモルフ達の多くはただそれだけで、マイトが枯渇して絶命した。
「生死の境界で踊る喜びを!勝者の歓喜を我に!!」
叫ぶゲシヨカゼから闇色の悪気が発散されて更に多くのモルフ達が死んだ。霧城最上階の露天風呂から戦場を見下ろすラスは大笑いだ。
「やる気になってるねぇ!異形の主!!面白い!ヤれよ!どうせここには何もないからなぁ!!」
ゲラゲラゲラと大笑いしてからラスは不気味な色のカクテルを飲み干した。お代わりを死虎にお願いしようとして、先程、死虎をぶっこわしたことを思い出して、少しだけ……少しだけラスは残念に思った。




