第十二話 夜の半分 12
ひょうひょう。ひょうひょう。
風が吹くような不気味な悲鳴が戦場を貫いていく。その悲鳴を聞いた者は心臓が不規則に蠕動して、胸の激痛と供に倒れ込む。あちこちに放たれた火がもうもうと煙を上げて、初夏の日差しを遮っていた。煙る薄暗い戦場に死を呼ぶ声が響き流れていた。
ひょうひょう。ひょうひょう。
モルフも烏頭鬼も関係なく、その声を聞いた者は次々と胸を押さえて倒れ込んでいく。戦場の砂埃の奥からゆっくりと巨大な異形が現れた。猿の顔に虎の体、蛇の尾を持つその異形は……いや、猿の顔に牛の体、狒狒の手足で……その次の瞬間には猿の顔を持つ龍となり……見る度に姿を変えるその異形は鵺と呼ばれていた。元は何のモルフだったのか、本人にさえ思い出すことの出来ないほど、変貌していた。鵺は鳴く。
ひょうひょう。ひょうひょう。
立ち止まり、鵺は周囲を見渡す。薄暗い戦塵の中に死体が意味も無く積み上がっている。その絶望に鵺は満足して舌なめずりをした。蛇であり、猫でありキリンでもあるその舌で綺麗に綺麗に顔を舐めた。
「くるくる狂って、言葉も無くした感じですかね。」
小柄なそのモルフは巨大な鵺の前に臆すること無く立ちはだかり、呟いた。鵺から返事が無いことを確認したセンザンコウモルフのドゥータは、この異形は”くるくる狂った”と認定して、倒すことにした。腕組みを解いて告げる。
「でわでわ、諦めてください。」
そう言って彼女は小柄ながらも十爪のメンバーであるその実力を発揮する。
真技 鱗下!!
身体中をブレード状の鱗に覆われた彼女が繰り出した拳もまたブレードに隙間無く覆われていた。それは魂力を帯びて大きく膨らみ接近する全てを摺り下ろして、ゾル状のミンチに変えていく。鵺も例外では無い。ドゥータの拳を喰らい、血飛沫を上げた。苦痛に怒り喜び、心の臓を止める鳴き声を上げる。ひょうひょう、ひょうひょう、と。しかし、目の前の生意気なモルフは全く意に介せず、ヤスリを纏った巨大な拳で殴り続けている。鵺は恐怖し更に大きな声で鳴いた。しかし、誰も胸を押さえて倒れる者は居なかった。鵺は唐突に気付いた。彼女の周囲には音が無かった。
「すむすむ無音。全ての震動を止める術よ。残念ねん!」
その言葉も鵺には届かず、くちぱくとしか見えなかった。巨大な拳が、鵺の頭上に落ちてきて、鵺は呪われた生涯を閉じた。




