第十一話 夜の半分 11
十爪の一人、ヒクイドリモルフのブルーネは疲弊して膝を付いていた。既に完全舞闘出来る時間は過ぎていた。今は半分の力も出ない。いつ、烏頭鬼に負けてもおかしくない状態だった。突如現れた巨大な闇穴から敵味方が同時に現れて、整然と繰り返されていたモルフの進退劇は崩壊して、ブルーネは撤退の時期を失った。周囲には、烏頭鬼以外にも訳のわからない敵が充満している。半獣化状態の彼は荒い息を付きながら考える。
(もう、技は使えねぇ。後は基礎能力で戦いきるしかねぇ。完全獣化で強化される脚爪で戦うか、このまま半獣化で武器を使うか――。)
これまで何とか敵の攻撃を躱し、混戦を生き残っていたブルーネだったが、一瞬の気の迷いで、烏頭鬼に足下を掬われた。転んで、戦場の泥土に埋もれる。一斉に烏頭鬼の剣や槍が降ってくる。殆どは躱したが、いくつかはブルーネの肉を切り裂いた。
「くそったれぇぇっ!!」
ブルーネは絶叫し、辺り構わず、剣を突き出し、脚爪を振り回した。しかし、敵は多く――ブルーネは意識を失った。
「はい、お寝坊さん。もう起きたら?ここは戦場よ。」
次瞬、ブルーネは飛び起きる。目の前に現れたのは垂れ目が印象的なタヌキモルフのムーナだった。ブルーネは生まれ変わったような覚醒の中で全てを理解する。ムーナの上術、首折り《ネクロク》だ。首折り《ネクロク》は直ちに眠りに引き込む術で、その睡魔に抗うことは不可能だった。だが、その眠気は一瞬で、それが過ぎた後は覚醒が待っている。体力も精神力も魂力も完全回復するのだ。勿論、傷は直らない。それでも一瞬で舞闘力が完全回復することは圧倒的だった。危機を乗り越えた鉄紺のブルーネはしかし、状況を冷静に判断した。
「八掌のムーナ!どうして戦場にいる!」
「まぁ、こんな時だしね。」
返事がどうも軽い。通常、八掌は癒やしと情報収集を任されている。戦闘はその本懐ではない。戦術上は、八掌は主戦場に現れるべきでは無い。彼らを失うことは、霧街の医術が停止すること意味するからだ。どれだけ舞闘に優れようとも医者は戦うべきでは無いのだ。
「戻れ!ムーナ!!」
「あら、あたしのこと心配してくれるの?ちょっと嬉しいかも。」
言いながら豊かな肢体をわざとらしくくねらせるムーナを見てブルーネが怒鳴る前にタマモが叫んだ。九本の尾が怒りで立ち上がる。
「安っすいラブコメやめぇや!!俺を手伝えや!!」
ムーナとは対照的にスレンダーな彼女は叫んだ。きりりと切れ上がる瞳が美しかった。
「駄目だよ。タマモ。俺とか言っちゃ。アタシって言わなきゃ。」
戦場で余裕で座り込んでいるムーナを尻目にタマモは真術、通力で周囲の敵の動きを封じていた。お嬢さん達のやりとりを聞いていると調子が狂ってしまうブルーネは、精一杯の声で叫んだ。
「行け!ムーナ!タマモ!霧城に戻るか他の者を助けてやれ、俺はもう平気だ!!」
「言うじゃねぇか。後で泣くなよブー。」
「まぁ、ありがとうが先よ、ブーちゃん?」
ぶーちゃん言うなよ、と思いながらも、ブルーネはその精神を烏頭鬼に向けた。彼女たちを構っている場合では無い。周囲には殺意をむき出しにした烏頭鬼の群がいる。
真技、刃走!!
彼が振り回した鉄紺の足先から無数の駆け巡る刃が放たれ、烏頭鬼達を剪断していった。それはムーナとタマモの逃げ道となる。二人は笑い、駆け出した。




