第十話 夜の半分 10
「下がれ、シムー!!」
黒鬣のバーリは黒獅子王状態で戦線に突っ込んだ。白角のシムーは本来得意とする一対一の戦いでは無く、混戦の中でその本領を発揮できずに全身に負傷を負っていた。しかも、最大舞闘力を維持出来る十五分はとっくに過ぎていた。戦場の真上に現れた闇穴から敵とも味方とも付かない第三勢力が現れて、シムーは不得意な混戦に取り残されていた。今のままではいくらも持たない。だが、バーリの登場で霧城軍の士気は跳ね上がり、烏頭鬼の活動は不活性化する。獅子王の鬣からまき散らされる疫病は瞬時に烏頭鬼達の体力を奪い、負傷者達の命を奪う。黒鬣の進む先は烏頭鬼の屍が積み上がる。バーリは窮地にいたシムーの側に到達する。屍々の丘の上に半獣化したバーリがゆらりと立ち尽くす。彼ら以外には死臭しか立ち上がるものはなかった。しかし、強者達はバーリの疫病ごときでは倒れない。周囲からじわじわとバーリに向かう狂気の影がある。三面六臂や……異形だ。彼らは自身の欲望に負けて許されない行為を繰り返し、遂にその姿が悪夢に取り込まれてしまった、狂気のモルフだ。それは既にどんな生き物とも違い、多様性や可能性を議論できる存在ではなかった。
「下がれ!リジェク共はお前の殺気では殺せん!」
「時間切れのお前にどうにか出来る相手でもないだろ!」
軽口を叩くバーリに巨大な触手が打ち付けられる……寸前にシロサイモルフのシムーが身代わりになりその打撃を受け止めた。みしりと骨がなり、シムーの体は荒れた大地にめり込んだ。それでもシムーはその一撃を耐えきった。彼らの頭上に巨大な異形が現れた。元は象モルフのオクトーだ。彼は自身の悪行で悪鬼の姿に落ちたモルフだ。ねじれた臓物をより合わせたような蛸にも似たモルフだった。発せされる歪んだ魂気はオクトーの狂気と強気を明確に彼らに伝えた。シムーもバーリも敵う相手ではなかった。シムーはそれでも怯むこと無く、オクトーに自慢の白角を突き立てた。悪夢を代言するオクトーは最強のリジェクの一人だった。オクトーは回避すらせずに霧街の十爪の一人シムーの渾身の突きを受け止めた。次瞬、シムーはオクトーの触手に圧殺されて彼の体に取り込まれた。バーリの絶叫が響くが、オクトーの何かが揺らぐことは無かった。




