第四話 夜の半分 4
ハクは自分の幸運を噛みしめながらも気配を殺し、最重要区画へと向かう直線廊下を進んでいた。気付かれなければ善し、気付かれた時は見張り役を倒して、みんなを救い出すつもりだった。廊下の中程に達するまでは。ハクはそこで気がついた。泥酔する見張り役は長い髪を持つ長身の男で黒づくめの姿だった。そして、その足下には黒い羽が無数に落ちていた。
(ラス……!!)
ハクは心臓が止まりそうだった。まさか彼らを投獄した張本人がここに居るとは思いもよらなかった。まともに戦っても彼には勝てない。だが、今ならどうだろうか?泥酔して眠っている今なら。彼女は気配を殺したまま、身体をしならせ、指先から危険な爪を迫り出した。
(やるしかない。)
ハクは気を消したまま、魂力を練り上げ、爆発させてラスに飛びかか……ろうとした時、ラスは唸り、テーブルの上の酒瓶を全て床に落とした。大きな音がしたが、ラスは寝ぼけているようでテーブルに突っ伏したままそれ以上動こうとしなかった。
「ラス様!どうかされましたか!」
最重要区画の奥から声が掛かった。迂闊だった。考えてみれば最重要区画への柵が意味も無く開いている筈はない。誰かが中の様子を見に行く為に開けた……それでもザルだが……のだ。数名の足音が暗い廊下の奥から響いてくる。ハクは覚悟を決めた。状況は一秒ごとに悪くなる。もう、一か八かラスに挑むしか無い。ハクは魂気を解放して、ラスに飛びかか――目が合った。ラスと。
「なぁんちゃってぇ……寝てるわけないよねぇ。」
嬉しそうにラスは言った。ハクは舌打ちしながら飛びかかる。全身に真紅の隈取りが浮かび上がる。渾身の一撃をラスに打ち込むが、ラスは軽く受け止める。椅子から立ち上がろうともしない。ハクの五本の鋭い爪を華奢な五本の指先でピタリと止めた。打ち込んだ自身の魂気が跳ね返されてそのままハクを打ちのめした。彼女は吹き飛ぶ。
「ザルみたいな下水道に何の警戒も行わないと思った?めでたいねぇ、ハク。つうか、やっぱり生きてたのねぇ。」
言いながらラスは少し不満そうだった。秘密の分析室と供に死んだと考えっていたハクが生きていたこともそうだが、この罠には、彼としてはもっと大物が現れると考えていたのだ。例えば、ラスの隠れ家を破壊した可能性のある――渦翁とか。でも、まぁ、いいか、とラスは気を取り直した。全てが完全に進むわけでは無い。少しの揺らぎを持って物語は進むものだ。
「ま、いい。とにかく死んでよ。」
ラスは右手をハクに向けて突き出した。その腕から繰り出される闇の刃は六角金剛でさえ回避できないほどの速度でハクの心臓を貫くのだ。




