第一話 夜の半分 1
「いやいやいやいやいやいや、順調すぎてつまんないねぇぇぇ!!」
精一杯陽気に叫ぶラスはしかし、気味が悪いほどに切れて長い瞳に狂気が映っていた。そのラスは霧城最上階の露天風呂に浸かりながら、ドブ色のカクテルを味わっていた。ラスの予定では霧城軍は二日ほどで窮地に陥り、ラスの異形に助けを求める予定だった。だがそうは成らず、彼らの出番は来ない。このままで行けば二週間ほどで烏頭鬼の軍勢が全滅か撤退かの判断を迫られることになる。不機嫌なラスの傍らには誰の許可を得て入ったのか、カマドウマモルフモルフの死虎がギトギトとした黄色と黒の縞々模様の手をすりあわせていた。
「ですね。勝手に始めますか?」
ラスはにかっと笑う。
「いやぁ……本当にもうねぇ。そもそも、モルフごときが俺のご機嫌伺いしているのが気に入らないんだよねぇ……なぁ。わかるかなぁ?」
「ええ、勿論。ラス様のご機嫌伺いをして戦を有利に進めようなどと腹立たしい限りで。」
百点満点の回答を行った死虎の肩をぽんぽんと叩き、微笑んでから、ラスは告げた。
「いや、お前のことだよ、シマシマ。工事中かっつーの。」
言いながらラスはその肩を引き抜いた。死虎の黄色い体液が迸り、清浄な露天風呂の湯を穢していく。遅れて死虎の悲鳴が上がる。静寂を穢されたことに更にラスが苛ついて、引き抜いた腕で死虎を殴りつけた。
「ぴゃ?」
意味不明な叫びが上がる。ラスはそれが面白くて笑いながら、繰り返し死虎の腕で死虎を殴り、結局、叩き潰して殺した。美しい庭園に囲まれた露天風呂はラスの悪行でヘドロ溜まりになってしまった。静かになると再び、苛つきがぶり返して、ラスは零す。
「なれなれしいんだよねぇ。何ごっこだよ、お前のそれは。」
ヒトの最も醜い部分を確かに保有していた死虎のことをラスはしかし、決して認めようとはしていなかった。或いは……本人も認めないだろうが……認めたからこそ、受け入れられなかったのかも知れない。いずれにしても、そのラスは状況に満足した。彼は、哀れな死虎のことは忘れて、悪臭を放つ湯船の中で両の掌を合わせて目を閉じた。マイトが整うと掌を下に向けて開く。彼の掌の下には美しく輝く神々の文字が浮かび上がった。ラスはそれらを優雅な指で指し示し、並べ替えて意味のある繋がりに変えた。ラスはモルフ達が操ることの出来ない力で戦場の中心に黒い渦を生み出した。突然、ラスの身につけている念珠が唸る。ラスはにやりと笑ってから、念珠の通話を受ける。仲間からの通話だ。向こうは援軍がどうのと言っているが、露天風呂のラスは取り合わなかった。勝手な台詞を吐く。
「さぁさぁ、もっと派手に行こうぜぇ!」
そのラスは盛大に笑って、ドブ色のカクテルを飲んだ。




