第二十三話 霧城の決戦 8。
霧城軍の作戦は、単純なものだった。良い作戦は無駄が無くシンプルで明快になるものだ。無論、シンプルだから良い作戦とは限らないのだが。
彼らは、烏頭鬼の軍勢が野営地を引き払い全軍でジズ川を渡ったことを確認して、作戦を決定した。戦場は霧城城壁と霧街外壁の間……すなわち霧街の中で行うこととした。舞闘の制限時間を考えればそれ以上遠くに攻め込んでも、撤収しきれなくなるためだ。そこで旅団を交代させながら街に入ってきた烏頭鬼の軍を順に壊滅させる。うまく交代しながら戦い続けることが出来れば最終的に霧城軍が烏頭鬼に勝つことになる。敗北が決定的になった時、烏頭鬼はジズ川を越えて野営地に戻ることになるがそこで帰してしまっては、これまでの戦いと同じで数日で烏頭鬼の軍勢は闇穴から補給を行い、振り出しに戻ってしまう。勿論、焦って深追いすれば胆月の二の舞だ。だが、霧城軍はなんとしても烏頭鬼の撤収を阻止する必要があるのだ。それも塵輪の群が構成している大橋よりも手前で潰す必要があった。橋頭堡として眠る塵輪が戦いに加わるとなると戦がややこしくなる。どの様に撤退を決意した烏頭鬼の軍勢に止めを刺すのか?これが一番の課題だった。これまでの戦では追い返せば善しとして、止めを刺さなかった。しかし、それでは永久に戦が終わらないことを霧城軍は理解していた。これまでも何十万という烏頭鬼を倒してきたが、現状はどうだ?遂に烏頭鬼の軍勢が霧城軍を上回る事態になっている。敵は、闇穴がある限り無限に補給されるのだ。武器や、食料だけではなく、軍隊そのものが。開戦が迫っていたあの日、悩み、袋小路に追い込まれた一文字と渦翁に甘い言葉が掛かった。
「俺は異形を味方に付けたんだよねぇ?奴らは汚い穴蔵に潜んで、チャンスを待つ。最高のタイミングでそこから飛び出して挟撃する。霧城軍と歴史の闇にねじ込まれた異形との初の共闘だ。奴らを仕留めるにはそれしかねぇ。なぁ、判るか?やろうぜぇ?」
それを了承した後に長く長く続いた引き笑いは、今も渦翁の鼓膜を揺さぶり、動揺させて、早くも彼を後悔させている。まだ、何の結果も出ていないというのに。今、烏頭鬼の軍勢と最終決戦を行う霧城軍を指揮しながら渦翁はその時のラスの言葉を反芻していた。
(本当だろうか?十万の軍勢を隠しておける地下洞窟が霧街周辺にあるのか?)
勿論、渦翁の知る限りはそのようなものはない。水紋の国の外周部には荒野が広がり複雑に絡んだ洞穴が広がっているが、それでも十万の軍勢は隠せないだろうし、そこでは遠すぎる。だが、渦翁は街を九頭竜から救ってくれたラスを……この部分では……信じて、重要な役割を任せることにしたのだ。勿論、それ以上に有効な策が無かったこともその判断に繋がった。
(だが奴はモルフ殺しだ。奴の目的は何だ。モルフを殺しながら一方で霧街を救う。どうしてだ。我々の敵であればとっくに霧街を壊滅させているだろうに。)
そして、その逆も然り。霧街の味方であればとっくに霧街を救えている筈なのだ。ラスはその位強く、また霧街に深く関わっていた。だが、彼はそのどちらも実行しない。彼の目的は違うのだ。理由は、彼の目的は誰にも理解出来なかった。だが、渦翁は直感していた。
(この戦でラスの真意が見える筈だ。)
渦翁は直感していた。我々にラスの目的が予測出来ないのは、情報が不足しているからだ、ラスの背景を知らないからだ――と。いずれにしても彼には彼なりの理由があり、そのゴールやリミットが存在している。であれば、それはそろそろ訪れる。ラスの挙動を見ていればよくわかる。その時が近づいて来ていると言うよりは、単純に――堪忍袋の緒が切れるだろう、と。




