第二十話 霧城の決戦 5。
初夏の水紋の国は瑞々しさと清々しさを兼ね備えて美しく輝いていた。底なしに高く抜ける青空の下で、六角金剛蟲王角一文字の真一文で霧街は崩壊した。大地の裏表がひっくり返り、その上に存在した全てを押しつぶしてしまった。烏頭鬼の死体から発せられる悪臭が霧城の周囲に蟠る。今、霧街の舞闘者達は戦況を共有し、熱狂に包まれていた。自身の内面から湧き上がる魂気に破裂しそうに思いながら、その力をぶつける先を求めてうなり声を上げる。霧城大門の上に一人のモルフが立ち尽くして天を仰いでいる。彼は敵では無く、味方に――城壁内に向いていた。完全獣化状態の彼はこの街に襲いかかる敵対種を打ち払う十爪ライオンモルフのバーリだ。黒く立派な鬣をなびかせる彼は口下手だが、情熱のモルフだった。彼の咆哮は天の祝福。味方の士気を極限まで高めて敵の士気を挫く。今、バーリはその能力を完全に発揮する。
黒鬣の咆哮!!
咆哮が自軍を揺らす。その振動と供に霧街の舞闘者達は身震いして士気を高めた。黒鬣のバーリは振り返り烏頭鬼の軍勢にも咆哮を浴びせる。敵軍は萎縮し縮む。バーリの二度目の咆哮と供に霧城の大門は開け放たれる。舞闘者達が溢れ出し、烏頭鬼の軍に向かい突撃する。ライオンモルフのバーリは大門から飛び降りて舞闘者の先頭に立ち、突進した。
烏頭鬼の軍からこれまでに無い巨大な戦太鼓の響きが返される。烏頭鬼はその無限を背景に再び進軍を開始する。堂々と慌てる様子も無く軍靴を成らし、進む。その先頭は、塵輪。鬼の上半身と蜘蛛の下半身を持った巨人だ。体高二十メートルを越える巨人だ。八つある蜘蛛の脚先には猛毒を分泌する爪が生えており、触れただけでモルフは死んでしまう。その鬼蜘蛛塵輪を中心に烏頭鬼は隊を形成していた。霧街の舞闘者達は知らなかったが、塵輪一体につき、三面六臂が三体、そして、徒の烏頭鬼が一万体の合計一万四体で旅団を成しているのだ。地上軍であればどの旅団も同じ構成、同じ数だった。きっかり一万四体だ。空軍は翼のある三面六臂4体につき、翼を持つ烏頭鬼が一万体でこちらも合計一万四体だった。何故だろうか?渦翁がこの事実に気付けば疑問に思っただろう。だが、気付くこともなく彼らは生死をかけて剣を交差させる。拳を打ち付け合う。一文字の攻撃で裏返った大地の上を舞闘者が駆け抜けて、烏頭鬼の群がそれを迎え撃つ。両者は互いに真正面からぶつかった。塵輪が巨大な刀を振りかぶり、眼前のバーリ達を一気になぎ払おうとする。バーリは素早く左右にフェイントをかけて、危険な塵輪の足下をすり抜けた。
「わりいな。俺はお前みたいなデカ物は苦手なんだよ。」
言葉を残して振り返りもせずに黒鬣は敵軍の中心に向かい切り込んでいく。それも当然だ。塵輪は最大舞闘力では無かったとは言え、不意打ちを行えば六角金剛を倒すことの出来る舞闘力を持っていた。サカゲやグワイガであれば何とかなるだろうが、バーリでは太刀打ち出来ない。塵輪はそれを理解しており、バーリを追う。烏頭鬼の軍勢の戦術は明確だった。個体の舞闘力では圧倒的に分が悪い烏頭鬼の軍勢はきっちりと戦術を守っていた。塵輪と三面六臂で舞闘力の高いモルフを倒し、烏頭鬼兵は無限の供給力に裏打ちされた数で霧街の兵士を圧倒するのだ。逆では戦にならない。六角金剛の破格の舞闘力で烏頭鬼兵を一掃されてしまっては、数で押し切ることが出来なくなる。つまり、この塵輪は霧街の先陣で一番舞闘力の高いと思われるバーリを見逃してはいけないのだ。だが、当然、霧街はバーリを塵輪から引き離し、群を壊滅させる必要がある。
「いやいやいや。お前の相手は俺だよ。」
ヒクイドリモルフのブルーネが塵輪とバーリの間に割って入る。彼も十爪の一人だ。十爪の舞闘力では塵輪に勝てない。だが、ブルーネの表情は不敵だ。両腕を組み、片足で立ち、巨大な爪を持つ脚をかざしている。
「さぁ、始めようか?」




