第十八話 霧城の決戦 3。
「さて、最初の一手はどうだ?」
いつになく気持ちの高ぶりを表に出して渦翁は言った。霧城の天守閣の中段に彼は位置していた。巨大な城壁の向こうに拡がる烏頭鬼の軍勢を見下ろしていた。60万の烏頭鬼の黒い軍勢は綺麗に整列し、その全てが霧城の正門を打ち破ろうと隊列を成していた。一切の変化球は使わずに物量で押し切る作戦だ。背後に闇穴という無限の供給源を持つことを考えれば、これが一番確実な方法だ。真っ向から消耗戦を挑み、供給力で押し切る。自軍の被害が敵軍の何倍であろうと関係は無い。最後に摩耗せずに残れば良いのだ。烏頭鬼の軍勢の考えることは一つ。確実に自軍を霧街にぶつけ、霧街を削りきる事だけだ。
「読み通りだな。」
一文字は満足そうに言う。烏頭鬼の軍勢は巨大な破城槌を霧城の正門に向けて一列に並べている。その数二十台。距離にして二キロメートルほどの軍列となっていた。恐らく、その二十が潰されればまた次の二十が現れるのだ。終わりなどない。一文字は霧城正門にいた。正門直下の巨大な軍勢を見下ろしながら怯む様子は無い。今、一文字の側にラスは居なかった。彼は彼の軍勢に指示を行うために何処かへ去ったのだ。今、この時の一文字は情報について心配する必要は無かった。念の為、慎重に振る舞うが、少なくとも”怯えたフリ”は不要だった。ここにラスは居ない。念鏡が一文字と渦翁を繋ぐ。
「奴らは無限か。」
零す一文字はしかし、どこか愉快そうだ。挑戦者の不敵さが漂う。
「さぁな。まぁ、少なくとも我々は有限だ。この零鍵世界も同じだ。限りある中で精一杯を生きている。ただ、それだけだ。」
「そうだな。」
そう言って、一文字はふう、と軽く息を付いた。その通り。精一杯を生きるただそれだけなのだ。やらなくては。成し遂げなくては。一文字は割れてしまった角や失われた右腕のことはすっかり忘れていた。ただ、前を向いてその瞬間を待ち構えていた。
――その眼光は鋭い。




