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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第七章 霧城の決戦。
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第十七話 霧城の決戦 2。



 「霧街が烏頭鬼に打ち勝つとしたら、方法は一つだ。」


 決戦の三日前、一文字が渦翁に告げた。その夜既に、烏頭鬼の軍勢は完全に霧街を取り囲んでいた。更に、その先陣が街の中に入り込み、霧城前に集結する動きを見せ始めていた、その夜だった。誰もいない金剛議場で二人は今後について協議していた。テーブルを飾る果物や酒杯は無かった。水の入ったデカンタが一つと、食べ飽きた完全食カトが積み上げられているだけだった。戦が進み物資が不足し始めているのだ。潤いや彩りとは無縁の殺伐とした議場となっていた。渦翁は返す。


 「何だ。言って見ろ。私にはその可能性すら見えない。」


 一文字は真っ直ぐに渦翁を見つめて言った。


 「多様性だ。奴らには無くて我々にあるものは多様性だけだ。奴らに差を付けるとしたら、それしか無い。烏頭鬼は確かに強い。数も増えた。塵輪や三面六臂など凶悪な巨人達も多い。だが、奴らは一様だ。均一でまるで、将棋の駒のようだ。決められた働きしかしない。多様性を発揮して複雑に影響を与え合うことはない。奴らはシンプルだ。力を測り、兵数を数えて、計算する。何対何だから勝てる、負けると。確かにその通りだ。表面上の舞闘力を集計するだけでは我々は分が悪い。だが、複雑にお互いの力を絡めて掛け合わせれば、結果は変わるのではないか?我々の個々の力を、多様性を発揮して、奴らを絡め取ることが出来れば、この戦に勝利できる筈だ。」


 一文字と付き合いの長い渦翁は一瞬で彼の意図するところを汲み取った。真っ直ぐに一文字を見つめ返す。


 「なるほど。だが、渦の眼は?我々に策があると知ればどの様な動きに出るか判らない。勿論、以前のように街を救ってくれるかも知れないが。」


 一文字は深く頷く。


 「ああ。その通りだ。だが、恐らく我々は、渦の眼が見いだした“モグラ”達の力を借りずにこの戦に勝利する事は出来ない。協力して貰う必要がある。」


 渦翁もそれに同意したが、一文字にそれを達成する方法は見いだせていなかった。一文字はグラスの水をまずそうに飲み干した。それを見届けた渦翁は、大きく息を着いて吐き出す様に言った。


 「どれほどの効果があるか判らないが、古典的な方法を取るしかなさそうだな。すべては渦の眼の中であるように見せかけるしかない。余計な対策を打たせないように。お前は戦意を失った指導者を演じる必要がある。戦が始まるまでは、だ。しかしこれは、街人の信頼を損ねることになる。お前の名声もここまでだろうな。」


 「なるほど。構わない。それで行こう。」


 一文字に迷いはない。いつも通りに真っ直ぐだ。だが……渦翁には迷いがある。これもいつも通りだ。彼は迷い考え、答えを見つける。


「だが、霧街の信頼無くして、戦には勝てんぞ。モグラ達の協力を得た後に霧街の信頼を取り返す必要がある。」


 縦に潰れた眼を閉じて深く思案して、渦翁は眼を開く。眼前の一文字はにやにや笑顔だ。


 「信頼を取り返す、か。いいな。久しぶりに皆の魂を揺さぶってやろう。俺が最も好きな行いだ。」


 確かに、と渦翁は笑った。そうだ、彼はこれまで敵対する全てのモルフ達の魂を揺さぶり、信頼を勝ち得て、今の地位に辿りついたのだ。その情熱が残っているのであれば、また霧街を奮い立たせることは可能だろう。不謹慎にも、渦翁は盛り上がってきたな、と呟いた。聞き返す一文字を無視して彼は続ける。


 「よし。では、具体策だ。立案しよう。」


 彼らは大きな藁半紙を広げ、思いつきを殴り書きしてアイデアに広げていく。彼らは青年の様に夜を徹して語り合った。悲観していても何も始まらない。無い物ねだりなど、意味が無い。現状で最善を尽くすしか無いのだ。それがどれだけ貧相な現実だとしても。彼らは喧嘩を交えながら、意見を出し合って、策を纏めて練り上げた。水と完全食カトを補給しながら休むこと無く、議論を続けた。夜が明ける頃、どうにもならないと思われていたそれは、どうにか形を成していた。



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