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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第七章 霧城の決戦。
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第十話 霧街に隠されたモノ 6。



 霧城の最も高い位置に、露天風呂の備品をしまうための小さな部屋があった。その脇の廊下はそのまま少し伸びて突き当たる。何か意味があっての廊下ではなかった。備品室を作るに当たって生じた隙間を廊下としただけだった。ラスはその突き当たりに扉を作り、壁裏の空隙を埋めるようにいびつな部屋を用意していた。窓一つ無く、照明も無い。ねじくれた暗闇であるはずのその部屋はしかし、無数の念鏡で埋め尽くされていて、月夜に浮かぶ千切れ雲の様に輝いていた。


 「狭いけど入ってくれ。奥は深いから入ってしまえば、悪くないぜぇ。」


 ラスはそう言ってロイの背中を押した。外殻を付けたロイでは扉をくぐることも出来なかっただろうが、全てを外していたロイはするりとその念鏡の光が瞬く部屋に入り込んだ。念鏡は見たこともない文字を映し出している。流れるように文字を写し、瞬く間に文字は消えていく。現れては消え、消えるまもなく現れる。呆然とするロイにラスは告げる。


 「ああ。読めないか。念鏡に映っているのは古代文字ルーンだ。俺はここで見たいモノを見て、自由に仮説を立てて、対策を打つ。管理して、必要があれば排除する。ほら。」


 指さした念鏡には文字ではなく映像が映っていた。ロイは身を強ばらせる。そこに映っていたのは烏頭鬼の軍勢だった。隊列を組み、狼煙を上げて行軍している。ロイは浮かんだ質問を投げかけることさえ出来ずに、その恐ろしい光景を見つめた。


 「どうして烏頭鬼の軍勢内部の映像が見れるのか気になるか?そうだよなぁ。色々、仮説が思い浮かぶよなぁ。例えば……例えばそうだな、俺が烏頭鬼の軍勢をコントロールしているかも、とかさぁ?」


 ラスは満面の笑みだ。そうだ。それが六角金剛達が最も恐れている仮説だ。烏頭鬼とラスの姿の類似。烏頭鬼とラスの出現時期の合致。普通なら、ラスと烏頭鬼を結びつけて考えることに違和感は無いだろう。だが、それは結びつかない。


 (……何が目的なんだ。)


 動機。それが欠如していた。もし、ラスが烏頭鬼を使って霧街を滅ぼそうとしていたとして、何故、彼は霧街に入り込むのだろうか?もし、ラスが霧街を滅ぼしたがっていたとして、何故、彼は烏頭鬼と戦ったのだろう?本当に霧街が憎いとして、何故、彼は九頭竜クトルを退治したのだろうか?ロイには判らなかった。ラスの表面上の狂気は彼の清浄な本質を隠す盾なのだろうか。或いは本当に彼は狂っていて、行動の整合性が無いのだろうか。ロイには……六角金剛でさえ……判らなかった。戸惑うロイを押しのけてラスはそのいびつな部屋の最奥に進み積み上げられた様々な書類や飲みかけの酒を無雑作に床に払い落として、さえない椅子に座った。シキを唱えて古代文字ルーンを切る。うっすらと闇に浮かぶ操作盤が現れて、ラスは操作を始める。目の前の無数の念鏡がせわしなく動き始める。


 「さて、俺がここで何をしているのか?お前に説明しようと思うんだけどねぇ。どうよ?聞きたい?」


 ラスは本当に軽々しく、六角金剛達の疑問の核心を呟いた。ロイは慎重に慎重を重ねて下手な芝居を打った。


 「あ、ああ。勿論。ここは素敵な秘密基地だし、何が出来るのかを知りたいな。」


 ロイの喉はからからだった。霧街と裏町ナカスが決別するその日、闇穴の破壊に成功した……と考えていた……後、何かが起こった。そして、渦は巻いて渦翁の角はほどけた……何かが、それも致命的な何かが起きたのだ。そして、それにはこのラスは無関係ではない。渦翁はいつも通り、決して語らないが彼が渦を巻いたと言うのなら、そういうことだろう。これから見る何かはその渦と密接に絡んでいる。その核心なのだ。ラスは念鏡が並ぶ机の上を乱暴に漁り何かの液体の入ったマグカップを取り出した。匂いをかいで顔をしかめてから啜る。


 「観察してんだよねぇ。ここで。色々していることは多いけど、観察が一番長いねぇ。ほら。そっちの念鏡は烏頭鬼の状態をモニタリングしてんの。」


 整った顎先でしゃくる向こうに烏頭鬼の様子を映す念鏡と何かの情報を伝える古代文字ルーンをまくし立てている念鏡があった。烏頭鬼視点の画像と客観的視点の画像があった。どのようにその映像を入手しているのかは判らなかった。ラスの術だろうか?ロイは考えるが、舞闘の役に立たない術など聞いたことがない。混乱するロイを余所に、ラスは机の隅にある何か柔らかいものを素早くつかみ取り、口に運んで咀嚼する。


 「で、そっちがモルフのモニタァ。ほら、映像を見てみ。きっと気に入るよぉ。」


 言いながらラスはロイの後ろを指さした。ロイは何故か心臓を鷲掴みにされたようにすくみ上がり、汗が噴き出した。いびつな昏い部屋は、念鏡の熱で妙に熱い。瞬く念鏡の光がめまいを呼び、吐き気を誘う。ロイはわしわしと何かを貪っていた。昏くて良く判らない。知らない方が良いナニかをラスは食べているのだ。ロイが一向に念鏡を見ないことに気付いたラスはロイを見つめて呟く。


 「見ろって。ほら!すごく面白いモノが映ってるよぉ?お前が決して見たくないものだけどねぇ。ほら、ハ・ヤ・ク!」


 と、ラスはロイに見せたかった念鏡が故障して何も写していないことに気がついた。軽い舌打ちをした後、まいっかと呟きロイに告げる。


 「まぁ、直接見ようかぁ。折角だしねぇ。」


 ロイは断りたかった。きっとろくでもないモノを見る羽目になる。わかりきっていた。誰でもそうだろうが、時折、その場の空気で何が起こるか理解できる時があるのだ。見ない方が良い。知らない方が良い。部屋から出て、外の空気を吸おう。ここは何もかもが歪んでいる。良くないモノで満ちあふれている。ロイは、退出を告げようとした。


 「面白そうだな。是非、私にも見せてくれ。」


 開けっぱなしの扉に影を投げかけているのは緩く渦を巻く角を翳した、渦翁だった。最高の助っ人の登場にもかかわらず、ロイの嫌な予感は際限なく膨らんていった。

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