第三話 絶望の始まり 3。
全ては一瞬だった。これまで胆月は様々な敵対種と闘い、沢山の仲間と舞闘を繰り返した。命が惜しい訳では無かった。何かの言い訳が欲しい訳ではなかった。ただ、精一杯を生きて、ゴールを突き抜けて行きたかっただけだった。大量に吹き出す血の向こうに烏頭鬼や塵輪が活気を取り戻して、霧城軍に攻め入る風景が見えた。この戦の帰趨を左右する六角金剛熊王角である彼のことを誰も気に留めていなかった。
「渦翁、黒丸聞こえるか?」
胆月は唐突に話し始める。しかし、一瞬の間があり、胆月は仲間達は念珠の向こうに居ないと思い込んだ――実際は既に念珠は舞闘の中で失われており、死の瀬戸際で胆月の精神が混乱していただけだった。遠く霧城では、渦翁が胆月の名を叫んでいた。だが、胆月はそれを受け取る術がない。
(さあ次の舞闘だ。そう簡単には負けることは出来ないからな。)
胆月はそう叫び、しかし、何も出来なかった。急速に世界は昏くなり、感覚は消えて声だけが残った。何かを叫ぶその声に、胆月は返す。
(……皆を救ってもらえないか?俺が今、持っているのはこの身体と、魂だけだ。それで良ければこの全てを差しだそう。世界の根幹たる三神よ。俺の話を聞き届けてくれないか。この舞闘を引き継いで、烏頭鬼を殲滅してくれないか。誰か、引き取ってくれないか。)
想いながらも胆月は湧き上がる疑問に揺れる。
(……もし、もし、今日のお弁当が普通のお弁当である場合、それを食べて、また、舞闘場に戻り、観客に挨拶を行う筈だ。だが、そのような声はかからなかった。)
彼は自身の混乱した思考に驚き、少しだけ意識が明瞭になり――そして、唐突に理解した。
(ああ。そうか。……死ぬんだ。俺は。なるほど。皆によろしく。)
最後の言葉を呟きながら、胆月は吐き出した。それは重く沈んで、胆月は想う。
……そうか、死ぬのだな。
沢山の、本当に沢山の舞闘があった。良いものもわるいものも。友と語り明かす夜もあったし、陽光に包まれた恋もあった。良き師と出会い、素晴らしい弟子達に教えられもした。良い人生だったと、胆月は想った。本当に良い一生だった、と。だが――それでも彼は想う。
もし、このまま俺が死ぬとして、もし、深なる神が俺の声を聞いているなら、俺を生き返らせてくれないだろうか?ほんの一時でいい。皆が撤退する時間稼ぎが出来れば良いんだ。そのくらい良いだろう?これまでだって、沢山のモルフが舞闘場で生き返らせてるのだから、今、ここで俺を生き返らせてくれてもいいだろう?なぁ。深なる神よ。その力があるのだろう?今、俺を……。
強く想う胆月の身体を慈悲深い深なる神のその愛が包み彼の傷は一瞬で回復する、ことは無かった。急激に冷たくなり、意識がどこか深い穴に落ちていくのを感じた胆月は自分は既に非可逆的なその一瞬を過ぎたことを理解した。混乱した思考は混沌としていく。
ああ。こういう時は星神に祈るのだっただろうか?いや、この鍵世界を作ったのは深なる神だから……サカゲ、セイテン。ああ。ああああああああああぁぁぁぁあああああああああああああああ……。




