第二話 絶望の始まり 2。
「下がれえぇええっ!!」
胆月は叫んだ。ジズ川を渡り、野営地に攻め込む唯一の手段が崩壊した今、本来であれば、自軍とジズ川の挟撃で烏頭鬼を殲滅することがベストなのだが、突然の塵輪の登場で戦況は逆転した――いや、突然の変化だろうか?予定された結末だろうか?
(いずれにしても、俺の責任だ。)
胆月は苦い思いを飲み込む。戦況は絶体絶命。師団の殆どは舞闘限界を過ぎている。雑兵の烏頭鬼だけを相手にする前提で深追いを掛けていたのだ。それが突然、霧城兵卒では太刀打ち出来ない塵輪と舞闘を繰り広げることになったのだ。胆月の部下である一般兵卒達に勝目は無い。
(俺がやるしか無い。十体、全部、俺が倒す。)
胆月は腹を括った。つまり、死を賭して全力で師団を護る覚悟を決めたのだ。
月下狂乱
胆月は無い魂気を練り上げて絞り出し、練術を行使した。体高十メートルを越える、巨大な月乃輪熊が出現する。更に胆月は魂気を練り上げて放出して隈取りを発現させる。鋭い月のような隈取りを全身に発現させた胆月は塵輪に挑む。彼の腕の一振りで塵輪は引きちぎられて破れた雑巾のようにねじ切れて大地を転がり、ジズ川に落ちた。胆月の実力があれば塵輪に負けることは無い。但し、その舞闘限界を過ぎていなければ、という前提条件がつく。事実、その通りで一体目を軽く倒し、二体目、三体目四体目と倒し、五体目で隈取りが消えて、九体目を倒したところで、月下狂乱が途切れた。胆月は元のツキノワグマモルフに戻った。だが、それでも彼がこれまで積み上げてきた鍛錬は常識を越えるもので、一体の塵輪であれば隈取りも練術もなく、倒せると確信していた。胆月は、最後の塵輪に飛び掛かろうとして、異変に気がついた。下半身に力が入らなかった。怪訝そうに胆月は自分の身体を見下ろす。へその辺りから大量の出血をしていた。それがいつ、受けた傷なのか思い出す間もなく、何かが彼の身体を貫いて胆月の重厚な下半身を切り刻んで、フレッシュなミンチに変えた。胆月の上半身は荒れた大地を転げ回った。
(何だ?これは――。)
爆発する激痛の中、薄れゆく意識の中で胆月は戦場に舞う黒い羽を目撃した。唐突に思い出す。
(ああ。そうだ。あの時奴は対岸に向けて羽を――。」
しかし、胆月は魂気を使い果たし、血と汚物に塗れた大地に落ちていった。




