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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第七章 霧城の決戦。
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第一話 絶望の始まり 1。



 クウがリツザンに旅立ってから霧街では様々な事が起きた。絶望が畳み掛け、大勢のモルフ達が死んだ。そして、僅かばかりの希望も発現した――クウがリツザン雄山頂上の常春の泉で希望を込めて洞穴内を見上げた時から、話しは七日間遡る。それは、最初の大きな絶望が発生した瞬間だった。





 「胆月!引け!それ以上の深追いは危険だ!」


 正大門の見張り櫓から“遠目の魔鏡”で戦況を確認していた渦翁は第一師団を率いる胆月に命じた。渦翁の声は念珠を通して胆月に伝わっているはずだが、胆月は追撃をを止めなかった。


 「舞闘限界に合わせて前進退却なんて、眠いことやってたって何も解決しねぇぞ!一気に対岸まで攻めきるしか、この戦を決着させる方法はない!」


 昨夜の軍議で胆月は、渦翁と一文字に向けてそう断言した。勿論、渦翁はその意見を退けたが、胆月は全く腹落ちしていなかった。だからこそ、その場ではそれ以上何も言わずただ、引き下がった。


 「最初から私の命令を無視するつもりだったか。」


 渦翁は一瞬、援軍を送り、胆月の言うとおりジズ川対岸の野営地に攻め込むかと考えたが、冷静に判断を下した。


 「セイテン!胆月を連れ戻せ!奇想天外ゴーグを使って混乱している内に引き摺って来い!メンバーは任せる!」


 西大門の軍の指揮を取るセイテンは一時的に霧街正門に来ていた。ハイイロヒヒモルフのセイテンは胆月の事を尊敬していたので、引き摺って連れ帰るなど出来るわけも無かったが、その尊敬があればこそ、彼を連れ戻さなくてはとセイテンに決意させた。渦翁も彼の練術とその尊敬を当てにして彼に命じたのだ。


 「俺一人で行きます。胆月さんの部下達も胆月さんを止めようとしているはずです。」


 言い終わると供にセイテンは姿を消した。セイテンは粗野な見た目とは裏腹に洗練された隠密行動が得意だった。セイテンは全力で影から影へと飛び移り、血と戦塵が舞う薄暗い戦場を駆け抜けて行った。




 セイテンは汗だくになりながらも駆け続け、既に胆月第一師団の中央部まで到達していた。豪快で荒々しい胆月に従うモルフ達もまた気短な暴れ者揃いで師団はその末端に到るまで、烏頭鬼に対する明確な怒気を漲らせていた。その怒気の波の上をセイテンは獣化状態で跳躍しながら進む。恐らく隊の先頭に居るはずの胆月を目指して。しかし、セイテンが師団の中央部を漸く過ぎた時には、胆月師団の先頭は既に烏頭鬼軍が架けた――塵輪を橋脚にした――新ジズ大橋の袂に到達していた。セイテンは焦る。


 (撤退するなら、橋を渡る前だ。渡った後の撤退では、多数の犠牲者が出る――。)


 更に加速して、更に遠くに跳躍しようとするセイテンの視線の先でそれは起こった。突然、新ジズ大橋の袂の橋脚が爆発した――のではなく、橋脚となっていた塵輪……鬼の上半身に蜘蛛の下半身を持つ巨人……が石化状態から目覚めて第一師団に襲いかかったのだ。霧城軍は橋脚となった塵輪は石になりその命を終えたと考えていたが、実際は違った。眠っていたのか変異していたのか霧街には判らなかったが、その悪夢のような鬼達は舞闘力を保持していたのだ。完全に不意を突かれ、しかも自軍の舞闘力を遙かに超える十体の塵輪に襲われた胆月第一師団は一瞬で崩壊した。セイテンは師団の戦塵の鏃のような鋭い隊形が一瞬で丸みを帯びて次いで、霧散していくのを目撃した。勿論、胆月はその舞闘限界を過ぎていたとしても塵輪に倒されるような舞闘力ではない。セイテンもそれを理解していて、しかし、焦り、急ぐ。セイテンは跳躍に跳躍を重ねた。

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