第四十六話 称名池8。
大喝破は、クウが何も言い返さなくなったのを見て昏い自己満足を覚えた。何も知らなかった若者が、自分たちの絶望を共有して、世界の終わりを意識し始めたのだ。
そうだ。ワシらはその絶望とずっと供に暮らしてきた。地獄だったよ。怖くて仕方が無かった。ずっと、この重荷を誰かに引き渡したくて、生け贄を探していたんじゃ。やっと、理解してくれたか。“最後の子”よ。
大喝破は、身動き一つしないクウに興味を失い、その巨大な頭を岩戸の方へ向けた。この世界で最も長く生きて生きた彼は、思った。
八咫烏を、玖鍵世界の鍵の守護者を滅ぼしたところで、この零鍵世界は救われん。じゃが、もうそれくらいしかないのじゃ。ワシらの苦痛を和らげる方法は。寿命が尽きて三界の向こう行った時に、仲間達と笑顔で再会する方法は。
……せめてあの、美しい世界をもう一度見ることが出来たら。
大喝破は回想しながら、ふと“自分はその正しかったころの世界について何を知っているのだろうか”と思った。そして、そもそもワシらとは誰なのか、“仲間達”とは誰なのか?と思った。想い出せなかった。彼は何も想い出せなかった。大喝破は恐ろしかった。世界が滅ぶことよりも、自分が死んでしまうことよりも、魂よりも大切に思う、正しい世界や供に戦った筈の仲間達のことが何一つ想い出せないことが。
……ワシは何者なのだ。




