第三十八話 称名池2。
巨大な洞窟……霧街では大鍾洞と呼んでいる……がそこに広がっていた。天井までの高さは五百メートル以上ある。リツザンの雄山直下にその巨大な洞窟は広がっていた。天井には丸い穴があり、澄んだ青空と泳ぐ雲が輝いていた。空は遠く、風は歌わない。薄暗がりに属する虫たちが、ささやかに人生を謳歌している。洞窟の奥には巨大な滝があり、深く澄んだ滝壺に水が飲み込まれていた。苔や蔦が洞窟内部を覆い尽くし、生態系を構築していた。
美しい世界。
そう呼ぶに相応しかった。小さく限定された世界ではあったが、だからこそ、そう呼ぶに相応しかった。その他の要素は存在しなかった。美しい緋色の小鳥がちちちと鳴いて、苔むした岩場に降り立った。滝壺の畔だ。その小鳥……リドという名のありふれた小鳥……は水辺で寛いでいた。そして、彼に気付いた。この小さな世界を救う彼に。
リドは白い苔だと想っていたそれが動いて、立ち上がるのを見てちちち、と鳴いて飛び立った。しずくが零れて雨のように舞った。彼は眼を開く。体中に巻かれた包帯では隠しきれない傷を負ったファンブルだった。愛用のゴーグルは胸元に落ちて、唯一の防具であるヘルメットは顎紐が切れて、どこかに行ってしまった。か弱くて小さな彼は震えながらもゆっくりと立ち上がる。
「……称名池。」
天を仰ぐクウはリツザン雄山直下の広大な地下洞窟の荘厳さを飲み込んで、言葉を失った。彼は到達したのだ。一乃越、二乃越、三乃越を超えて、御山の稜線を渡りきり、そして、岩戸をすり抜けたのだ。彼にしか出来ない方法で。




