第三十七話 称名池1。
結局の所、クウが使う術とも技とも判断のつかない「オーロウ」とはなんなのだろうか?この時点では誰もその答えを持たない。現象としての「オーロウ」は、すり抜けであるとか透過であるとかの言葉が適切なのだろう。だが、本質は?
(お前の術はワシにも判らんだ。ワシの“彼岸”に似ておるが、明らかに違う。クウよ。成体になれば、全てはっきりとする。それまであの術は多用するな。良いな……。)
(クウ。それが判らんのだ。そなたの術が安全なのか、そうではないのか。何に影響して、何を生むのか、奪うのか。だから、使うなと言うとる。今は、じゃ。わかるな?……。)
大喝破の言葉は、すでに空に浮いて意味を成さない。でも、確かにそれは一つの真実だ。誰もクウの「オーロウ」について理解していないのだ。クウは今、分厚い岩戸をすり抜けていた。
一つ、クウは知っていることがあった。誰にも秘密にしていることがあった。それは、“オーロウを発動している間は世界と繋がっている”ことだった。今も彼は世界と繋がっていた。オーロウで世界の詳細を知ることは出来なかったが、世界の大きな流れや状況を知ることが出来た。
例えば、今、世界の裏側では意識を持たない無数の魂気が彷徨っていること。例えば、今、北の大地に大きな何かが横たわっていること。例えば、世界の中心には何もないこと。例えば、霧街以外にモルフが集まる場所はもうこの零鍵世界にはないこと。そして、開闢の視線をはっきりと感じていた。こちらを見つめて捉えようとしている。ラスもクウの視線を感じて、こちらの正体を探っている。ラスの中には明確な世界への悪意が渦を巻いていた。……クウは世界を直感し、感じ取っていた。今、このオーロウの瞬間に。
クウは意識がすり切れていくのを感じた。オーロウを発動させることは自分の意識の中で行えた。だが、一度としてオーロウを自分の意思でやめた事はなかった。オーロウは勝手に終わるのだ。クウの意識がコントロールする事は出来ないのだ。今も分厚い岩戸をすり抜けて行くが……そもそもすり抜けているのかも判らないが……それがいつ終わるのか、理解も直感もなかった。クウはただ、オーロウを発動して、その不思議な流れに身を任せているのだ。
しかし、クウにはいつもにない感覚があった。通常であればオーロウは一瞬で、その経過を意識することはない。だが、今は違った。とても長く、その一秒毎に魂気がすりきれて、クウは衰弱する。
……ああ。何か変だ。僕、死ぬのかも……。
長い長いオーロウの中でクウの意識はすり切れて希薄になり、そして、やがて……消失した。




