第二十九話 岩戸1
山の空気はとても澄んでいて、何もかもを近くに見せていた。岩戸は遙か先にあった。クウがそれに気付いたのは夕刻。早い山の夜がその帳を下ろし始めた頃だった。次に見える山頂に大喝破の岩戸があるように見えていたが、実際に山頂にたどり着いてみれば、稜線は更に伸びて下り、また空に向けて駆け上がるように続いていた。日が沈んでしまえば、行動することは出来ない。恐らく、後一日は歩かないとたどり着けないだろう。クウは移動を諦めて、今夜の寝床を探す。幸いにも先ほどまで吹き続けていた風は凪いでいた。ここなら眠ることも可能だろう。クウはなるべく深い窪みを見つけて、枯れた低木の枝や葉を敷き詰めて、寝床とした。冷えた雪解け水を少しだけ飲んで丸くなる。乾きも空腹も疲労も辛かった。初夏とは言え、標高二千メートルを越える岩戸近辺の夜は冷え込み、クウの命を削る。充分な厚着をしていたため、凍死することは無かったが彼の体力を大きく削った。 朝、震えながら起きたクウは、もう一日分の体力も残され居ないことを実感した。陽光で身体を温める。クウは冷え切って震えも走らない身体を擦りながら、覚悟した。
(今日、日のある内に岩戸にたどり着けなきゃ、僕は――死ぬ。)




