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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第一章 斜陽。
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第十八話 暗がり。




 外野がうるさい。わんわんがぁがぁ。誰も彼もがなり立てている。恋人同士、親子連れ、友達だったりひとりだったり。沢山のモルフ達が様々な姿で集まっていた。物を食べたり飲んだり。多様性は輝き、全ては正常に見えた。滅ぼうとしているこの世界はそれでも美しく、図々しくも太陽を中天に迎えた。


 「それでは!只今よりっ!霧の舞闘会を開催する!」


 水紋の国の帝、大喝破だいがっぱの式神が、高いトーンで高らかに宣言した。直径五十メートルの円形の舞闘会場を取り囲む形で観客席が設けられている。リツザンを背にした最も上座に大喝破だいがっぱの玉座があった。大喝破の式神は宣言を終え、やれやれと腰掛ける。この国で最も長生きで最も強い彼の式神は、身長五十センチメートルのアマガエルの姿をしている。額には大きな白い丸模様がついている。大渇破はリツザンの山頂に住んでおり、こうやってキリマチに現れるのは彼の式神だけだ。大喝破はもう何十年も、霧街に降りてきたことは無い。大きすぎる身体を動かすのが億劫だからとか、既に死んでしまったんだとか、街人は色々噂している。いずれにしても、大きすぎる玉座に座り長い顎髭を撫でているこの小さな式神が全権を握っていることに違いはない。本人よりは頻繁に現れる式神だったが、式神にしても久しぶりにキリマチに現れた。年に何回も無い。


 「で、渦翁かおうよ。逐鹿ちくろくはまだ戻らんのか?」


 ダイガッパは隣に座る渦翁、ハクの父親に話しかけた。渦翁は六角金剛の1人、山羊のモルフだ。羊の頭と足を持つ人の姿をしていた。手には金剛錫。渦翁は少し身構えながらも、落ち着いた様子で答える。


 「鹿王角様は、まだ、戻りませぬ。出立の際に、三年後の秋が来るまでには、と申しておられましたから、後、一年程はお帰りに成られぬかと。」


 「そうか。国境の様子が気掛かりでの。まあ、わかった。では、あの子等はどうじゃ?」


 渦翁は顔を綻ばせる。ええ、ええ、と頷いてから話始めようとしたが、黒丸に先を越される。


 「奴らはすこぶる元気ですぞ。手に負えない程です。先日も、暴れ山亀を3人で仕留めてしまいました。」


 彼らと並んで座っている残りの六角金剛も笑う。蟲王角の一文字いちもんじも、熊王角の胆月たんげつも大喜びだ。甲虫のモルフである一文字は息子のロイの事を誇りに思っていた。既に凡百の成体クラより体格が良く、力も強い。何より額に現れ始めている1本角が自身の幼生エイラの頃を見るようで嬉しかった。早くリーンを迎えて欲しいと願っていた。月輪熊のモルフの胆月もまた彼らの事を誇りに思っていた。頭頂部から背中にかけて無数に生えている小さな角を揺らして笑った。


 「ダイガッパ様!彼らの事は心配には及びませぬ。既にそこいらのクラ達では太刀打ち出来ない程に育っとります。」


 今、舞闘会場に居る六角金剛は4人だけだった。六角金剛の主である逐鹿は、迫り来る二滅と以前の世界を調査するために旅に出ている。もう一人いた最後の六角金剛は既に死んだ。国を護る最強の舞闘者である六角は既にその一角を欠いているのだ。だが、四人いれば四神封陣が組める。舞闘会や輪廻転回を行う上では特に問題はない。突然、闘鐘が鳴った。舞闘会の始まりを知らせる鐘の音だ。四人の六角金剛とダイガッパは今一度、座り直して背筋を伸ばす。その様子を会場の下、選手席から見上げていたクウは、笑ってしまった。みんな真面目な顔をして正装しているからだ。いつもは暴れ回っている六角金剛が、大人しくお尻を椅子に付けているのが可笑しくて仕方がなかった。みんな、街や山や草原を駆け回っている方が似合っている。


 「あははは。変なの。」


 寛いで緊張する素振りも見せないクウにセアカは苛りとした。ここは、舞闘場の一階、二階観客席下にいくつかある選手控え室の内の一つだ。今、彼らの周りには誰も居なかった。二人きり。蜘蛛と人間との合いの子であるセアカには鋭い牙と八つの目がある。それらを鋭く輝かせて、セアカはクウに告げる。


 「クウ。実戦ではないと言っても、気を抜きすぎじゃないか?ハク達に出し抜かれるぞ。」


 クウはすらりとしたセアカを見上げる。成体くらは三つの形態をとる事が出来る。一つは獣の姿。セアカで有れば蜘蛛の姿だ。もう一つは人間と蜘蛛の間の姿だ。最後の一つは人間と区別がつかないような姿だ。今、セアカはヒト型となっていた。彼は、大技の「絶対捕縛の糸」と「溶解液」を使いこなす、彼の階層ステージ……あかつきと呼ばれる、第8と第7階層の王者チャンピオンなのだ。簡単に言うと、若いモルフの中では最も強いのだ。彼の師匠であるグワイガは第6と第5の階層ステージであるこんにいる。先日の狩りではグワイガにダメ出しされていたセアカだったが、舞闘会の暁では敵無しなのだ。


 「良いんだ。負けたって。試合の決着には意味なんてないもん。僕は早く成体クラになって……。」


 セアカが大きな声で、クウの話を遮る。


 「調子に乗るな!自分は特別だと言いたいのか!試合で経験を積まない者が狩りで生き残れると思うな!」


 セアカには分かっていた。自分は狩りで役に立たない事を。舞闘会でしか活躍出来ない事を。その唯一の場所をクウは……この才能に溢れる最後の子は、全否定したのだ。セアカはカッとなってしまった。彼は知っている。自分は陰で「張りぼての蜘蛛」と呼ばれていることを。


 「ごめんなさい。セアカさん。馬鹿にしたつもりはなくって……。」


 セアカの心を見透かすクウの言葉に今度こそセアカは激昂した。クウの首を鋭い爪のついた手で鷲掴みにして、毒針のある尾を振り上げた。とっさのことでクウは全く対応出来なかった。セアカはクウを残酷な8つの目で睨む。


 「本当の恐怖も知らない幼生エイラごときが……。」


 次瞬、セアカは壁に叩き付けられていた。牙が折れた。怒りに操られて、自分を殴り飛ばしたモルフに襲いかかろうとして、彼は硬直した。グワイガだ。彼を殴り飛ばしたのは駝鳥モルフのグワイガだった。人化状態ではあったが、気迫が彼を獣に見せていた。背負う影が揺らいでいた。


 「何をしようとした?言ってみろ。」


 長身のグワイガは、切り裂くような眼光で倒れこんだセアカを見下ろしている。グワイガは、もう一度同じ言葉を繰り返した。セアカは目を合わせる事も出来ずにぼそりと一言だけ零して、その場を去った。


 「別に。」


 グワイガは戻るようにセアカに言ったが、その背中は戻ることはなく、舞闘場の地下に広がる通路へと消えて言った。


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