第二十八話 三乃越5
その戦いが決着したのは夜半過ぎだった。クウが安心して岩陰を這い出すより先に虹目が諦めて、山道を去った。クウは正確なタイミングを知ることは無かったが、夜の山に虫や小さな動物たちの気配が戻るのを感じて漸く、虹目が去ったことを理解したのだ。その時になって漸く、彼は開闢が側に居たことを実感して、恐怖した。彼は何時間も生死の境界上に無防備に立ち尽くしていたのだ。脅威から逃れたクウは、食事と手当を行いたかったが背嚢と供にそれは岩の下に埋まってしまっており、真っ暗闇の今は探し出すことは叶わない。クウはそのまま丸くなり、浅く冷たい眠りについた。疲労が引きずり込んだ眠りの沼は深く、一瞬で朝が訪れる。クウが眼をあけると、世界は相変わらず透明で美しく、死にかけているとは到底信じられない位に輝いていた。
――そもそも、世界は本当に死にかけているの?それは“僕たちだけ”じゃないのかな?
クウは考えずにはいられなかった。仮にこのままモルフに子供が生まれなかったとして、ファンブルだけが生き残るとしよう。きっとまだ、世界は死んでいない。そしたら、流動する闇がファンブルを全て食べてしまったとして、世界は滅びているだろうか。違う。世界は生きている。空の眼が何もかもを飲み込んで攫ってしまうとして、世界は死ぬのかな。多分、それは世界の生き死にとは関係ない。クウは急に気がついた。霧街のモルフ達は、世界が死んでしまうと騒いでいるが、本当は自分たちが滅びてしまうと慌てているだけなのだ。
でも――逐鹿は、朧と空白について語っていなかっただろうか。それは、世界の死に直結していないのだろうか。
美しい景色の中で、クウは考えながらふらふらと岩陰から這い出した。午前の山は空気が澄んで風は凪ぎ、突き抜けるような透明な光が辺り一面を覆っていた。とてもまぶしいなと想いながらも、クウは自身の体力がそれほど、残されていないことに気付いた。
(背嚢を岩の下から掘り起こさなくちゃ……。)
背嚢は崖下に岩に埋もれている。数トンの岩に埋まっている。元気な時のクウであれば自慢の根気で背嚢を掘り起こせただろう。でも、今は無理だった。空腹で喉が渇き、血を失いすぎていた。とても寒かったが震えることすら出来ない程、体力を失っていた。クウは背嚢を諦めて進むべき道を見つめる。
「あ。」
クウは驚いた。今居る峠から岩戸が見えたのだ。日の光に照らし出されるそれは黒く大きく山肌に聳えて、クウのことを静かに待っていた。意外とそれは近くにあった。恐らく、崩れた岩から背嚢を掘り出すよりは先に岩戸に辿り着けるだろう。多分、お昼までには岩戸の前に到達するだろう。クウは遂にここまで来たのだ。ゴールは、大喝破様はもう目の前だ。




