第二十六話 三乃越3
クウは生と死の狭間を突き抜けた。血が溢れる胸を抱えながら、虹目の向こう側にスキップした。虹目は突然消えたおいしい獲物を探し、その不気味な瞳をぎょろつかせる。だが、虹目にはクウを捕らえることが出来ない。クウは苦痛を堪えながら、既に虹目の背後を取った。金剛錫擬きを突き出して、虹目の首の裏を貫く。寸前で虹目は振り返り、錫を躱してクウの顔面を爪で引き裂いた。血飛沫と骨を砕く手応え、筋繊維をブチブチと切り取る感触が無かった。虹目はドス黒い顔で不愉快を顕わにする。
――それはクウの残心。
虹目が仕留めたと思いかけたのは、クウの魂気が残した気配だ。ポーに習った忍の技だ。彼はそれを習得していて、使いこなすことが出来た。クウは知らなかったが、虹目は光ではなく、魂気を見るのだ。光を見るクウ達からすれば残心は気配が残るだけで、研ぎ澄まされた勝負の最後の一瞬を別つ要素の一つだったが、光では無く魂気を見る虹目からするとそれは分身そのものだった。虹目は何度かクウの残心を引き裂こうと爪を振るった。クウはその一瞬で、残心が虹目にもたらす影響を見抜いた。
――使える!
クウは残心を使い、虹目を翻弄する。クウの影に無駄な攻撃を繰り出す虹目はクウの敵では無かった。クウの錫が虹目を打ち据える。次々とクウの攻撃が虹目を捉え、虹目は血を流す。今や、虹目の方がクウより重傷を負っている。
いける!倒して鍵を奪うんだ!
クウは勝利を確信して、残心を増やして攻撃を加速させる。クウの最後の攻撃は、虹目にとって十人のクウによる一斉攻撃に見えていた。虹目は憎そうに黒い歯をむき出しにして唸った。そして、吠えた。同時に虹目の身体から斬撃性の衝撃波が発せられて、クウの全ての残心と供に本体を切り刻んだ。クウは苦痛の叫びを上げる。だが、それは、崖の崩壊でかき消された。強力な開闢の魂気はクウだけでは無く周囲の崖をも切り刻み、打ち崩したのだ。轟音が響き、粉塵が舞い――偶然にも、巨大な雲が彼らの居る山道を包み込み――クウの叫びと供に、光も音も匂いも覆い隠されてしまった。岩に押しつぶされても致命傷を負うことが無い虹目は更に怒り狂って叫んだ。
「鍵を返せ!!!」




