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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第六章 リツザン。
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第二十五話 三乃越2



 クウの進む道の両脇は切り立った山肌が城壁のように立ち上がっていた。真っ直ぐなその道は雄山に向かうための最後の峠の頂上へと伸びていた。その、先にそれは存在していた。クウのことを見下ろしていた。


 ――それは、奇妙な存在だった。


 空気の薄いクリアな青空を崖がV字に切り取っていた。細く続く山道はその頂点に向かい真っ直ぐ伸びている。そこに、それは存在した。和装ワソウを纏うそれは赤ん坊のようなぽっちゃりとした体型で、しかしその両足でしっかりと自立していた。すり切れた和装が山風になびく。クウが奇妙と感じたとのはそれらの特徴では無かった。クウが奇妙と感じたのは二つの特徴によるものだった。一つは笑う口元。口の端を引きつらせるように笑っていた。赤子のような風貌が、人生に疲れた大人の笑い方をしていることが奇妙で、クウの本能の警鐘を揺らしている。もう一つは瞳。峠の上からクウのことを見下ろすその存在は赤色に渦を巻く瞳を持っていた。美しく、不気味だった。不愉快そうに笑うその存在は異端で異常だった。それは、苦しそうに言葉を漏らす。


 「……クウ……じらかぁ、カ……ギ。せぇ。セ、世界……を返せ……クウ……ジラカア!ギィィィィ!!」


 話しかけられるとは考えても居なかったクウは、名前を呼ばれたことに心底驚き、虚を付かれた。それはその瞬間を見逃さなかった。驚くべき突進力でクウに突撃してクウのイドに鋭い爪を突き立てようとした。クウは辛うじて躱す。本当にギリギリでの回避だった。イドの瘡蓋が僅かに削り取られるほど、ぎりぎりだった。クウは直感した。二乃越にのこしで心を無にする技術を体得していなければ、今の攻撃を躱す事は出来なかっただろう。全てをあるがままに受け入れる技術を身につけていたからこそ、今の不意打ちを回避出来たのだ。敵でも味方でもなく、危険でも異常でも日常でも無い。ただ、現状をあるがままに受け入れたからこそ、突然の攻撃を回避出来たのだ。クウは背後に回り込んだ、それに向き直る。クウを通り過ぎたそれも、振り返った。クウとそれの視線がぶつかる。緑色に渦を巻く瞳に狂気が踊る。そのファンブルにも似たモルフは、小さい身体に信じられない様な舞闘力を秘めていた。その瞳は渦を巻いて輝いている。クウは違和感を包まれる。


 (あれ?なんだろう?変だぞ。僕は何かを知っている――。)


 クウは焦る。ここにある何かについてクウは知っていた。体験したか聞いていたか、何らかの理由で知っているのだ。今、クウが感じているデジャヴや違和感はそこに根を張っていた。


 「ゥッジィィィラカァァ、ギギギギ…・。」


 その狂獣は、意味不明の恨みの言葉を吐きながら、益々、赤い瞳の渦を強く大きく巻き、クウを睨む。お互いの眼の奥まで視線が通り、意識がぶつかる。


 (あれ?こいつさっき緑の瞳じゃなかったっけ……。)


 突然、クウは思い出した。


 ――こいつ、虹眼だ!


 狂獣の瞳は、赤から緑、青、黄と変遷していき、渦を巻いて虹色の瞳になった。クウが今、相対しているのは、虹目なのだ。それは、口の端から泡を吹きながら、渦を巻くその瞳で驚くクウを見据えて、問う。虹目は、彼の唯一の欲望を口にする。


 「くくくくぅくうううう!じっ!!ゆ、ゆ。ゆゆゆゆゆゆゆき、ゆきやまにぃ――鍵ぃっ!!」


 クウは慌てて、大きく間合いを取った。冷や汗が流れた。そうだ。これは虹眼なのだ。授業で習った、教科書に出てくるあの虹眼なのだ。美しい女神であった日輪……この世界の守護者……から、世界の根幹である“零の鍵”を奪った張本人だ。そうだ。虹色に渦を巻く眼を持つモルフが女神から鍵を奪い、そして世界は死に向かい進み始めた――それが目の前に居る。ひょっとして?とクウは想わずに居られなかった。


 ……こいつから零鍵を奪い返せば、世界は救われる?


 クウは、心臓がぐっと引き締まり苦しくなるのを感じた。甘い考えかも知れない。でも、一つの可能性であることに違いは無かった。一旦、間合いを取っていたクウは、重い背嚢を下ろした。杖代わりに使っていた偽物の金剛錫を構える。大きく吸って吐き出す。想像以上に空気が薄い。でも。


 「いくよ。」


 クウは虹目に向かって飛び込んだ。虹目は酔っ払った様な、高熱に浮かされた様な、それでいて完全に覚醒した瞳の輝きを保持していた。そしてそれは、その通りだった。クウが突き出した金剛錫擬きをぽきんと折れるような首の動きだけで躱した。


 逆に。


 虹目は爪を突き出した。クウはそれを躱せなかった。虹目の爪のような刃のような指先が自身のかさぶたに覆われたイドにめり込んでいくのをただ見つめるしか無かった。全てがコマ送りでスローモーションだった。血が溢れ激痛が蔓延するのを感じ取った。クウは自身の弱さと未熟さを痛感した。世界はコマ送りに進んでいく。また少し虹目の爪がめり込む。苦痛が増す。死が近づく。クウの口の端から血が、零れる。世界が死んで止まろうとする。それは、とても近くに存在していて。


 ――オーロウ!


 クウは叫んだ。

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