第二十四話 三乃越1
夏へ向かう山は爽快だった。高く抜ける空は宇宙と区別が付かない程に透き通って深い。クウは薄い空気に辟易しながらも、この素晴らしい眺めを堪能して歩を進めていた。驚くほど風は穏やかだった。山頂を掠める雲は光を切り裂くように速い。千切れ千切れに途切れてバラバラになりながらも、雲は空を駆け抜ける。何かに追われているのでは無く、何かを追っているのでも無い。ただ、自身の進むべき道を駆け抜けているだけの雲たちが美しく、素晴らしかった。クウは空を見上げる。
「はぁっ。すっごい、きれい。」
その言葉はこの死にかけた世界の帰趨に全くの影響を与えない。でも、その気持ちが世界を満たす時……その時は恐らく、世界は生き延びるのだ。例えそれがクウただ一人の気持ちであったとしても。クウは大きく息を吸い込んで、吐き出した後、再び歩き出した。二乃越を過ぎてから五日間が過ぎたが、それは平和な五日間だった。クウはただ、山を登り、雄山はそれを受け入れてくれた。クウは三乃越に到達していた。まだ、何の問題も起こってはいなかったが、ここは三乃越だった。黒丸の声が響く。
「見つからないようにするしかない。見つかったら引き返すことが唯一の対処法だ。それに挑んで打ち負かせるのは大喝破さまだけだ。」
クウは理解していた。その“狂獣”に立ち向かってはいけないことも、こそこそ身を隠しながらこの道程を進んでいては霧街が死んでしまうことも。だからクウは、真っ直ぐに岩戸に向かう最短ルートを進んだ。クウの覚悟を空も運も応援してくれているようだった。特別な問題は発生せずに、クウはどんどんと雄山に向かって進み続けた。そして、雄山までの最後の峠の麓に到達した時……クウは、それと遭遇した。




