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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第六章 リツザン。
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第二十三話 二乃越3。




 クウは狭い彼岸渡しの上で器用に濡れた服を着替えた。その間もひっきりなしにクウの声をまねる何者かが、クウを惑わせようと話しかけてけくる。あたかもクウが気持ちを語っているかの様に、クウの本当の考え事の後に接続する語り口はとても巧妙だった。でも、クウはもう騙されない。水底の光の輪郭が言った通りで、惑ヶ原の声は、声を発するだけで、その他に実効的な手段を持たなかった。クウは光の輪郭に感謝した。水底を覗いて、ありがとうとお礼を言った。


 「気をつけてね。クウ。もう助けてあげられないから。それじゃ、霧街で会いましょう。」


 返事があるとは考えていなかったクウは、ちょっとびっくりしたが、まだ、自分を見守ってくれていたことが嬉しかった。もう一度、クウはお礼を言った。今度は返事はなかった。でも、寂しくは無かった。光の輪郭は霧街で会おうと言った。であれば、クウがこの旅を成功させれば、会えるのだ。いつか先ほどの光の輪郭に会ってお話しすることを考えたクウは、わくわくした。


 「さぁ、僕も急がなくちゃ。」


 クウは荷物を纏めて歩き始めた。一時はクウを死の間際まで追い詰めた惑わしの声は、もうクウに害を成すことは出来なくなっていた。惑わしの声はクウの心の声に続く形で話し始める為、クウが話し出さない限り、存在出来なかったのだ。クウはこの一時間ほどで心を穏やかに保ち、心を無口にする方法を身につけた。そこには究極の調和が存在するだけだった。二乃越にのこしの風景を美しいと感じると惑わしの声がそれに続けて溢れ出す。しかし、クウは声を制止せず、聞くこともなく、ただ声が囁くままにするため、それらは朝日に追い払われる夜霧の様に消えていくのだ。全ての惑わしの声をただあるがままに受け入れた時、本当の意味での静寂が彼の心に訪れて……気がつくと、彼岸渡しが終わり、沼地を抜けていた。クウは振り返る。そこには低木に覆われたきれいな水を湛える沼が大きく大きく広がっていた。あの声は何だったんだろう?本当に亡者の声だったのだろうか。あれは自分の声ではなかっただろうか。そう考え始めたクウの心の中にまた、惑わしの声が芽吹き始めた。クウは何故か笑ってしまった。ひどい目に遭ったのにまだ、自分は繰り返そうとしているのだ。本当に馬鹿みたいだと彼は感じた。


 何を羨む?何を欲しがる?いいじゃん。僕は僕で。あるがままで。


 クウは美しく荒涼としている二乃越にのこしの沼地を最後に見つめ、心にそれをしまい込んでから、リツザンに向き直った。まだ、雄山までは高度にして千五百メートルはある。峰は遙か遙か先だ。


 「よい……しょっと!」


 クウは巨大な背嚢を担ぎ直し、次の一歩を踏み出した。

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