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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第一章 斜陽。
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第十七話 恋心。




 ハクとクウは霧宮キリグウの鳥居にもたれかかり、キリマチを見上げていた。今は舞闘会当日の早朝。漸く、日が昇ろうとしている。キリグウはキリマチが接する海にある離れ小島に建っていた。波の音と潮の香りが心地良い。皆、波の穏やかな内海を小舟で行き来している。ここ、キリグウはモルフ達の属性やスキルの判定、成体になる時期を教えてくれる神職の居る建物だ。そして、ハクの実家でもある。ハクの父は六角金剛であると共に、キリグウの神職、宮司でもある。ハクもまた神職の巫女だ。幼生の巫女など前例がなく、その愛くるしい容姿と共に国中の注目を集めている。ハクはいつも通り袖の無いワンピース姿で、胡座をかいている。彼女の父の癖がうつっているのだ。


 「いよいよだね。舞闘会。」


 ハクは、クウと何か話がしたくてそう言った。海から立ち上がる毛嵐……以前は真冬にしか現れなかったが、この世界では季節に関わらず毛嵐が現れるようになってしまった……がキリグウをクウ達を包み込み、朝日に照らされて荘厳な音楽のように漂っていた。彼等の目線は、毛嵐を草原を抜けてその先のキリマチの城壁にたどり着く。霧街は、直径三十キロメートル程の都市で断崖絶壁……クウ達が飛び降りて山亀を仕留めた崖……の上にある。都市の中心部には巨大な本丸を構える、霧城キリジョウがある。本丸の背後は山に守られていて、本丸からなだらかに続く山の稜線を辿って行くと、やがて急峻なリツザン連峰に行き当たる。その標高三千メートル級の山々の頂は千年雪が覆っている。雪の輪郭が遠い空にぼんやりと浮かび、キリマチを囲う壮大な屏風絵のようだった。クウの大好きな風景だ。クウには信じられなかった。


 (こんなにも美しい世界が死んでしまおうとしているなんて。こんなにも命に溢れているのに。)


 キリマチに居ると信じることも想像することも出来ないが、この世界には水紋の他に後、二つしか国が残っていなかった。流動する闇と空の眼に滅ぼされてしまったのだ。また、更に恐ろしい災厄が世界を彷徨っているとの噂もある。事実、彼ら兄弟が生まれた隣国エズは、恐ろしい災厄に見舞われて滅んでしまった。クウとその兄だけがエズの生きのりだった。

 クウは幼かったからはっきりと覚えていなかったが、彼の兄であるシキの話しに拠れば、エズは灰色の闇に飲み込まれて何もかもが消滅してしまったのだ。言われてみればクウも僅かに記憶がある。灰色の闇に包まれた記憶が。人々の悲鳴や呪いの言葉や、ヒトとは思えない酷い叫び声を。それらは幼いクウの耳に眼に心に焼き付き染みこんで、非可逆的な影響を彼に与えていた。突然街を覆い、友達や父や母を奪った灰色の闇について考える時、クウはいつも妙な既視感に捕らわれる。それが何から発せられているのか、掴めそうで掴めない。


 (でもこれは多分、とても大切なことなんだ。忘れないでおかなくちゃ。それに、もう、世界には多くの時間は残されていないんだ。)


 クウはちゃんと理解していた。自分達の後に子供が産まれていない事の重要性を。クウは決意していた。


 (僕は、輪廻転回の儀(リーン)が終わり、成体クラになったら、旅に出る。世界を隈無く見て探すんだ。世界が死んでしまう理由を。それを止めるための方法を。だって、世界はこんなにも美しいんだから。きっとそれが、最後の子として産まれた自分の意味なんだ。エズで灰色の闇に襲われながらも生き残った自分の存在意義なんだ。)


 「無視しないでクダサーイ!まぁた、旅に出ること考えてたでしょ。」


 「あはは。」


 「あはは、じゃなくって!」


 ふう。と小さく深呼吸してクウは言った。


 「だってさ、また3人で試合するんでしょ?面白くないよ。成体クラ達と試合するなら、盛り上がるんだけどなぁ。」


 ハクは膨らんだ。3人の中で1番小さいクウが実は1番強いのだ。ハクは勿論、ロイも1度も勝った事が無い。力ではロイが、速さではハクが優れているが、判断力と度胸、そしてオーロウを使いこなすクウにはどうしても勝てない。


 「はいはい。どうせあたし達じゃクウさんに勝てませんよーだ。」


 いや、そういう意味じゃ無くてさぁ、とクウはハクをなだめる。段々と辺りには日の光が満ちてきていて、仲良く話す2人の幼馴染みにも色が付き始めていた。彼らがもたれ掛かる鳥居を過ぎて、霧宮の本殿が構える門の傍に燈籠が立ち並ぶ場所があった。そこに1つの影がある。ロイだ。ロイはハクに会いに来たのだが、ハクは鳥居でクウと無邪気にお話し中だ。ハクがクウに会いに行ったのか、クウがハクに会いに来たのか。どちらにしてもロイは2人に近づけず、燈籠にもたれ掛かり、遠くの2人を見ると無く見ていた。


 (クウさえ現れなければな。)


 ロイは、そう思う自分が嫌いだった。確かにその通りだ。ぶっちゃけエズが全滅してしまえば、今、トリイの下にいたのはクウでは無く、ロイだった筈だ。そんなことを思う自分が本当に嫌いだった。それは叶うことが無い恋の痛みよりも大きく……。でも、これが現実。時は進み巻き戻ることは無い。個人の魂の中では留まることも巻き戻ることもあるが、基本的に世界の時はただただ進む。この切なく痛い瞬間は、雲が流れるように過ぎて、もう元の形には戻らない。永久に失われるのだ。でも、ロイは知らない。彼ら……そして全ての子供達の……恋の行く末は彼らの成長の中にだけある。まだ、何も確定していない。成るべき自分に向かって進み、その道中で沢山のヒトに出会い、伴侶を見つけるのだ。でも、彼らはまだそれを知らない。じりり、と太陽は昇り、傾きを上げる。全ては少しずつ、前進していく。


 ……さぁ。さて、そろそろだ。日は駆け足で空を昇る。中天に差し掛かったら……舞闘会の始まりだ。


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