第十八話 一乃越6。
山を崩すような咆哮を全身で受け止めたクウは、それでも怯まずに叫んだ。
「君が何故僕を追うのかは知らない。でも、僕は行かなくちゃいけないんだ。この一乃越を渡り、大喝破さまにお願いをして、霧街を助けて貰わなくちゃいけないんだ!邪魔をしないで!」
雲龍はクウより大きな口を開けて吠える。クウは吹き飛ばされそうになるのを必死で堪えた。そして、決戦の時を感じたクウは全身の魂気を高めて――雲龍は目を閉じた。そして、ぴくりとも動かなかった。一瞬、クウは何が起こっているのか理解できずに継ぎ接ぎだらけの金剛錫もどきを振りかざして雲龍に襲いかかろうとした。でも違った。クウはよろけるようにして一歩下がり、全体を見渡した。巨大なこの雲龍の頭部はクウの目の前にあるが、身体は悠々と伸びて対岸まで達している。クウは言葉の通じないこの神獣の意図を理解した。信じられないが、そういうことなのだ。クウは話しかける。
「……渡れってこと?君の背中を?」
雲龍は片眼をチラリと開いてクウを一瞥して再び閉じた。クウの言葉を肯定するように満足げにごろごろと喉を鳴らした。其処には夜の闇の中を迫る凶暴な顎の気配は無かった。大きく優しいただの生物がそこにいた。クウは錫を背嚢に戻すと、恐る恐る雲龍に近づいた。包帯だらけの手を伸ばし、雲龍の顔をなでた。雲龍は狂った咆哮を上げてクウを丸呑みにすることも無く、おとなしくなでられるままにしていた。
「そっか……ありがとう。ちょっと踏みつけちゃうけどゆるしてね。」
クウが呟くと雲龍はまた笑うような表情を見せた。クウは雲龍の耳の裏の辺りからその背中に飛び乗った。雲龍の見た目は雲のようにふわふわとしており、霧のように揺らいでいるが、触るとしっかりとした感触があった。鱗属と同じさわり心地だった。クウは対岸に向けて進もうとした時、ふと思いついて、雲龍の背中から飛び降りた。小走りで駆けて苦労して引き上げたロープを手に戻ってきた。再び、雲龍の顔の側に行き、お礼を言った。
「本当にありがとう。僕はクウ。霧街のモルフ。ねぇ、リツザンの旅が終わったら友達になってくれないかな。勿論、君さえ良ければだけど。」
雲龍は少しだけ眼を開いて、ごろごろと喉を鳴らす。多分、肯定の返事だ。クウは嬉しくなり、大きな雲龍の頭をハグした。そして、元気よく駆け出した。雲龍の背に飛び乗り、走り出す。もう、振り向かなかった。




