第十五話 一乃越3。
闇の顎の気配は、朝の世界には存在していなかった。クウは、既に大勝負に出ることを決意していた。テントを加工して落下傘を作るのだ。大渓谷を吹き上げる風を捕まえて、向こう岸まで飛ぶつもりだった。うまくいけば、旅は継続し、霧街の窮地を救えるかも知れない。失敗すれば、大渓谷の底に落ちて死ぬだろう。でも、クウには勝算があった。霧街で落下傘遊びをした時はどんな成体より上手に飛べたのだ。勿論、落下傘は職人が作った本物で、今、クウが使おうとしている間に合わせの紛い物では無い。でも、クウはもう決めていた。
クウはこの旅で始めて暖かい食事を取った。雪解け水で完全食を溶かして塩漬け肉を煮込んだスープを作った。とても暖かくて、塩漬け肉の強い塩気がうまい。クウは残りの行程を考えずにお腹いっぱい食べた。少しだけ持ってきていた渋茶も入れて食後に飲んだ。身体が温まり、頭がすっきりした。クウはきれいに野営を畳み、出立の準備をした。テントも一旦畳み、大きな背嚢にくくりつける。まずは、飛び立つ地点を検討しなくてはならなかった。少しでもこの作戦の成功率を上げるために、良い風が吹く場所を探す必要があった。風に乗って渓谷を渡るなどという馬鹿げた望みの薄い方法に頼るしかないクウはしかし、絶望していなかった。方法が馬鹿げていても、詳細を検討し積み上げていけば、完成度は上がり、可能性は増す。確かに橋は落ちたが勝負はこれからだ。最高の飛翔地点、最高の落下傘、最高の風。全てにおいて妥協すること無く、最善を尽くせば、作戦は達成される。クウはそれを信じて――そうするしかなかったのもあるが――行動を開始した。立ち上がり、まずは落ちた橋の袂に向かう。吊り橋を架けるにも理由がある筈だ。そして恐らくその理由とは、向こう側までの距離だ。最も短いから吊り橋を架ける場所として選んでいる筈だ。そうであれば、まずはそこを検討することがよいだろう。
クウは落ちた吊り橋の袂に立って周囲を見渡した。対岸は遙かに遠い。渓谷はその倍は深い。吊り橋の始まりにはたくさんのアンカーとなる木杭が打ち込まれていた。背の低いものや渓谷に向かって長く突き出している柱など、様々だった。それらには多くのロープが縛られている。ロープのいくつかは崖下へと続いている。クウはもしやと思い、崖っぷちに腹ばいになってしたをのぞき込む。殆どのロープは十メートル程で切れてしまっていたが、いくつかは先が確認できないほど、長く伸びているロープがあった。
(これ、崖下まで続いているのかな……。)
クウは新しい可能性を考える。仮にロープが崖下に到達するほど長かったらどうだろうか。下まで降りて渓谷の底の河を渡り、対岸を上ることは出来ないだろうか。パラシュート大作戦とどっちが良いだろうか。ロープを伝って半分ほど降りてしまえば、仮に足下が堅い岩場でも飛び降りることも可能になる。それであれば時間もかからない。新しい作戦として採用できる可能性はあると考えたクウは、まずはロープを引き上げることにした。




