第十六話 ファンブル 2
キタキツネモルフの嫌がらせに、周りのモルフ達は見て見ぬ振りだった。皆さりげなく、彼等を避けて歩き去ろうとする。
「意地悪は止めてよ!」
大きな声がかかる。キタキツネのモルフは心根が剥き出しの表情で声の主を睨む。一瞬、驚きと苛立ちの表情を浮かべた後、彼の顔から感情が消える。
「やぁ、クウ。会えて光栄だよ。でも、エリート中のエリートの君がファンブルに味方するなんてね……ああ、いや、ごめんなさい。お兄様がファンブル様でしたっけ?」
キタキツネの仲間達はゲラゲラ笑いだ。でも、クウは怯まない。
「彼女もにいちゃんも馬鹿にするな。」
苛ついてキタキツネは爪を振るう。あさつゆに。勿論、あさつゆは対応できずに小さく悲鳴を上げるだけだ。クウは庇う。右腕に深い爪跡が刻まれる。血がこぼれた。
「おっと、ごめんよ。最後の子。わざとじゃない。謝るよ。君の気が済まないなら、俺の事をどれだけ切り刻んでくれてもいい。」
取り巻きはキタキツネのその言葉にひゅーぅと、気持ち悪い口笛を当てる。クウは相手にしない。あさつゆに話かける。
「大丈夫かな?市場に行くの?僕も市場に行くんだけど、一緒にいく?」
あさつゆはクウを見つめて返事出来ずにいた。大っ嫌いな最後の子……のはずだった。無に等しいあたしと違い、無限の可能性を持つ存在。それが疎ましくて仕方が無かった。ああ、でも、そう。でも、違った。違うんだ。クウは違った。彼のその目は、単純な想いを真っ直ぐな愛情を湛えていた。一瞬で理解できた。彼は誰も見下して居ない。愛を湛えている。愛を持っているのだ。確かお兄さんはファンブルして亡くなったって聞いている。それが関係しているのだろうか?泣きそうだった。辛く、苦しかった。目の前に完全な存在があった。自分は遥か下なのだ。
「あれあれ?おかしいぞおかしいぞ?。俺を無視してくれてるのかな?クウちゃん?」
「行こっか。」
クウはキタキツネと目も合わせない。キタキツネは爪を伸ばし、更にクウを……。
「そこにおるのかー!クウ!」
突然に黒丸の轟声が響いた。キタキツネは露骨に眉を寄せる。クウの耳元で呟く。
「次はねーぞ、おい。」
クウは真っ直ぐに見つめ返す。彼には覚悟があった。こんな嫌がらせは認めないし、僕にはやりたいことがあるんだ。全ては道の途中だ。クウの突き抜けるような視線に怯え、怯む気持ちを隠すようにキタキツネのモルフは人混みに消える。黒丸が現れる。あさつゆは安堵と恐怖と空腹で、ふらりと倒れそうになった。クウが支える。それを見て、横から六角金剛の黒丸があさつゆを支え直す。
「すまんな、お嬢さん。こいつは、世界の希望だ……離れてくれんか。」
黒丸は真っ直ぐにあさつゆを、見つめて言った。自らの手であさつゆとクウを引き離す。苦い顔で言わなくてはならない台詞を吐く。
「クウに触れないでくれんか?」
あさつゆは、キタキツネが現れた時以上の衝撃を受けた。わかってはいた。理解していたつもりではあった。でも、ああでも、改めてこの街の根幹である六角金剛に直接言われるとその意味合いは違う。衝撃は別格だ。あさつゆはフードをかぶり、小さく頷いて裏町へと、引き返した。それが気に入らなかったクウは黒丸に食って掛かろうとするが、黒丸に先を越される。
「ファンブルが発生する仕組みは解明されておらん!ワシは信じておらんが、感染すると言う噂もある。クウ!お前は最後の子だ。世界の希望だ。理解して自重せぇ。」
クウは納得しない。
「感染するならしてるよ。だって、僕のにぃちゃんはファンブルだったから!」
街中に聞こえれば良いと大声でクウは叫んだ。周囲の見て見ぬ振りをしていたモルフ達も振り返る。黒丸はカッとなり、クウを睨んだがそれを飲み込み、穏やかに言った。
「……だとしても、だ。」
クウは何も返せなかった。あさつゆはフードの奥で泣いた。黒丸は心で。世界が普通ならこの苦しみは無かっただろうか?あの罪も無いファンブルを悲しませずにすんだのだろうか?或いはこれはワシの未熟さ故か?どうすればいい。この子等に幸せをあげるには。この世界を救うには?どうすれば?誰が答えを?
そうやって霧街は華やかな薄皮で絶望を隠し、日々を積み重ねていった。そして、舞闘会当日がやってきた。