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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第六章 リツザン。
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第八話 春夏秋冬 6




 二人は一乃越いちのこし間近の山肌にある深い洞穴に身を潜めた。洞窟の入り口から一乃越いちのこしと呼ばれる大谷が見えた。深さ1キロメートルの世界一の峡谷だ。その昔、まだ守護者が健在で歩む者(ウィウ)漂泊者ドラフが世界を旅していた頃に癇癪を起こした神獣が削り取ったとされる巨大渓谷だった。それが、リツザンの雄山までの道のりを刻む一つ目のマイルストーン、一乃越いちのこしと呼ばれていた。その壮大な景色を前にクウは今暫くそれを愛でていたいと想ったが、アマトが急かす。残念だけど、ラスに追われている今は一刻を争う。直ちに洞穴に身を隠さないとその魂気マイトをラスに感付かれてしまう。そうなっては命の保証は無い。


 ――でも。


 洞穴の入り口で、今一度クウは首を伸ばし、一乃越いちのこしを振り返ろうとした。だが、アマトが素早くクウを洞穴に引き摺り込んだ。いたずらが見つかった子供そのままにクウは照れ笑いして謝ろうとしたが、アマトはクウの口を塞ぐ――途端。風を切り裂く奇声が響き渡り、たった今、クウが頭を出そうとしたその空間を切り取って行った。


 ――巨大な烏。


 澄んだ青空を覆い尽くすような巨大な三本足の烏が山肌を、洞穴の入り口を掠めて削り取って行った。二人はその衝撃に倒れ込み体中を打ち付けた。


 (油断するな!全ての一瞬に命をかけろ!)


 囁きではあったが、気迫が籠もった声でアマトはクウに注意を促した。クウは黙って頷く。洞穴の暗がりからでもラスの巨大な魂気マイトを感じることが出来た。幸いにこちらに気付いて居ないのだろう。周囲の山肌を掠めるように飛翔しているが、この洞穴に近づいてくる気配は無い。アマトはゆっくりとクウを洞穴の奥に誘う。何かの動物が冬眠に使用する洞穴なのだろう。洞穴の中は乾いていて清潔だった。アマトは苦い表情をしている。髑髏の姿で無ければ冷や汗を流していただろう。アマトではラスに対峙出来ないのだ。当たり前かも知れない。六角金剛達でさえ、対決を避けるような存在だ。かく言うクウはどうだろうか。先ほど視界の端を掠めた巨大な烏を想い浮かべる。使いどころの難しいオーロウ一つでラスを打ち倒すことが出来るだろうか。いや、無理だろう。どううまくオーロウを使ってもクウの武器は継ぎ接ぎの鉄の棒だけだ。決定的に火力が足りない。それでは、谷底に落とすとか、何かで押しつぶすとかはどうだろうか。でも、どうやって?クウは判断する。全ての可能性を否定するわけでは無いが、ラスに立ち向かったところで勝目は無い。少なくとも、しっかりとしたプランが必要で、それを持たない内は逃げの一手しかない。偶然に賭けられるような予備の命は無いのだから。迷走するクウの思考を遮るように周囲の魂気マイトがうねり、ラスに集まる。突然、鋭い絶叫が雪に閉ざされた山岳地帯に響いた。空間を貫いていくような指向性のある真っ直ぐな絶叫だった。クウは耳を塞ぐ。洞穴はパラパラと欠片を落としながら身震いして、アマトは眉間に皺を寄せた……ように見えた。


 「クウ。ここに隠れていろ。何があってもラスが立ち去るまで、ここから出てはいけない。」


 フードの奥に隠れる熱っぽい髑髏のアマトはクウを諭すように言った。クウは何か意見を言おうとした。自分にも出来ることが何かあるはずだと考えたからだ。アマトはそんなクウの考えを見通していた。


 「クウ。お前にも出来ることがある。我慢する事だ。我慢してラスを躱して先に進むのだ。最終の関門は岩戸だ。帝の魂気マイトを孕んだ岩戸は、打ち砕くことは叶わない。中から開いてもらうか……或いは、すり抜けるしかない。クウ。お前にはその可能性があるのだ。クウ。我慢しろ。そして先に進め。霧街に大喝破を呼び戻すのだ。必ず。」


 クウは髑髏の眼窩の奥に燃え上がる熾火のような情熱を見た。アマトは何かをやるつもりだ。策があるのだ。クウは、質問をしようとして……。


 「うん!わかった。やるよ。僕は!」


 快活に返事をした。アマトは満足そうだ。洞穴の出口に向かい、ギリギリのところで振り返った。


 「クウ。何か異常が起こったら……その時は、一日ここで耐えろ。一日経ったら一乃越いちのこしに向かって進め。良いな?一日待つのだ。」


 クウは返事をしなかった。アマトの言う“異常”とは恐らくアマトの危険に関する事項だ。クウはそれを見過ごすつもりは無い。返事の無いクウの強情さを残念に思うと供に微笑ましくも感じたアマトはそのまま外に出た。後にはアマトが残した焦げた香りが漂っていた。それは地獄の熱気を想像させた。クウは固唾を飲んで身を固くしたが、数瞬は何も起こらない。だが、ついに、ラスが絶叫を始めた。


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