第五話 春夏秋冬3。
「久しいな、クウ。」
アマトは告げる。クウは嬉しかった。命の恩人に再び会えたのだ。そしてアマトのおかげで兄のシキとも――既にお互いに行方知れずになってしまったが――再会できたのだ。少し高めの声も、髑髏の頭部や生と死が繰り返される恐ろしい身体も以前のままだ。その漂泊者は相変わらず、灰色のローブに身を包んでいた。アマトはくすんだ大きな杖を掲げていて、杖の頭には太陽を模した装飾が施されていた。
「アマトさん、ありがとう。おかげで随分と良くなったよ。大変なこともたくさん起こったけど、それでも以前よりましかな。」
「そうか。それはなによりだ。」
返すアマトの言葉を雪山の風が攫おうとする。アマトのローブがはためく。アマトのローブの下は胸元が大きく空いたシャツ1枚だけで見る限り、雪山の装備ではない。どこから来て、どこへ旅しようとしているのだろうか。
「ねぇ、寒くないの?コートとか持ってないの?僕のを貸してあげようか?」
アマトは表情の読み取れない髑髏の顔で笑った。クウの素直さがアマトの心を柔らかくしたのだ。
「大丈夫。俺は治まらない熱病に浮かされているのだ。雪山の空気はむしろ心地よい位だ。」
言いながらシャツの胸元を大きく広げた。前面が抉られており、肋骨がむき出しになっている。悪魔にむさぼり食われたかのような有様だった。そこでは再生と腐敗がせめぎ合っており、永久に続く陸と海の戦いにも似て寄せては返しを繰り返していた。アマトの身体で起こっているその戦いも陸海の関係と変わらず、長期的に見れば既に勝敗は付いているように感じられた。それでもクウは早く良くなるといいねと呟き、アマトは微笑みを返した。肉の無い髑髏の微笑みではあったが、クウには判った。アマトの気配が微笑みをクウに伝えた。アマトは、霧街まで迎えに行けなかったことを詫びようとして止めた。そもそも彼に見つかるわけにはいかなかった。霧街から充分に離れた場所でないとクウに接触出来ない。それに、つまらない言い訳は旅立ちに相応しくない。アマトは髑髏に似つかわしくない溌剌さを持って、快活に言う。
「さぁ、クウ!行こうか。俺は君を岩戸まで連れて行くためにここに来たんだ。急がないと全てが手遅れになってしまうぞ。」
クウは元気よく返事した。誰からそれを聞いたのか気になったが、どうでも良かった。何より、仲間が出来たことが嬉しかったのだ。隣りに居て心のモヤモヤを半分受け取ってくれる存在がありがたかった。吹雪の中を歩く時、このまま道に迷い岩戸を発見出来なくなったら霧街はどうなるのだろうかと考えてしまった時、隣りにいてくれるだけでどれだけ心が軽くなるだろう。闇の中、夜の底に沈んでいる時、話し相手が居てくれたらどれだけ救われるだろうか。でも、良いのだろうか?アマトは失われたイドを探す旅を続けている。きっと、イドが見つからなければ、遠くない未来に死んでしまうだろう。陸は海に敗北するのだ。クウは疑問を抱えない。素直に相手にさらけ出す。
「ねぇ。イドを探す旅はどうなったの?早く見つけないと大変なことにならないかな?」
「イドを見つけても、霧街が烏頭鬼に滅ぼされてしまっては、意味が無い。烏頭鬼を追い払ったとしても、霧街と裏町が分断されてラスに支配されてしまうのでは意味が無い。それに、そもそもイドがどこあるのか判らない。ひょっとしたらこの旅の先にイドがあるかも知れない。旅を続けているのであれば、それでいい。俺のイド探しに方角は関係ない――
一瞬、アマトは言葉を区切り、何かを逡巡してから、また話し始めた。
――覚えておいて欲しい。君たちは“魂ある命”だ。俺が死んでしまっても、君たちが残るのであれば、それでいい。イドを取り戻したいのは、この死にかけた世界を救いたいからなんだ。」
クウはアマトが本心を語りながらも、言わなかった何かがあることを感じた。クウに言う必要ない――いや、伝えることを――多分――神が――許さない――何かが、今のアマトの台詞の中からこぼれ落ちて霧散していった。クウは意識せずに話を核心から逸らしてしまう。
「ひょっとして、アマトさんも歩む者なの?なんか、ラスと似た気配がするんだ。」
髑髏のアマトはカラカラと笑った。虚ろの瞳が楽しそうだ。
「いや、俺は世界を渡り歩いたりはしない。この零鍵世界と供に生きてきた。君たちと同じだよ。」
クウとアマトはそうやって二人で旅をした。髑髏のアマトとファンブルして包帯だらけのクウは以外とお似合いの道連れだった。クウは辛い雪山の行程もアマトと二人なら楽しかった。アマトと一緒だと、勇気がわいてきた。アマトの中にある大きな愛情の様なものがクウを勇気づけるのだ。だが、道は険しかった。絶壁を上る事もあったし、猛吹雪の中移動を余儀なくされることもあった。クウが熱を出して、丸二日、無為に過ごした時もあった。それでも、旅は順調と言ってよかった。
そして、一乃越が後、半日の距離に近づいた時――。




