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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第六章 リツザン。
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第一話 決別1。




 霧街はリツザンの裾野から続く山々の最後の切っ先に存在していた。霧街を囲う城壁の外は程なくして断崖絶壁となり、湿地や海に落ちる。街の終わりが山の終わりなのだ。また、街の中に山の始まりもあった。霧街の中心部の大噴水から急激に坂がきつくなり、霧城正門を通過して霧城がある大断壁を通り、リツザンへと続く稜線に繋がるのだ。特に大断壁は垂直に500メートル伸びる絶壁で、霧街の中枢が住まう豪邸や大議場があり、その最上段には巨大な露天風呂が備え付けられていた。霧街から見上げるそれらの施設は街人の憧れで、言葉通りの雲の上の存在だった。


 ――今、クウはその霧城が建設されている大断壁をたったひとりで上っていた。背中には黒丸から受け取った巨大な背嚢を背負っていた。登り始めてからすでに丸一日が経過していた。霧城の中を通ることが出来たなら既に頂上を過ぎていただろう。しかし、渦翁達に拒絶された今では、それも叶わない。


 ……我々とラスはファンブルを信じていない。首切りの部屋を隠していたのは何故だ?そして、水紋の国が大きな災いに覆われたこの時、姿を消してしまったのは何故だ。むしろ!お前はどうして、ここに残った?何が狙いだ。さっさと仲間のところへ行ったらどうだ。正直、不愉快だ。お前の顔を見るのは……


 渦翁の言葉が蘇る。クウは泣きそうになる。その言葉を聞いて表情を変えないロイがいた。涙を流したハクがいた。その時は確かにそこにいた。でも、今は居ない。ここはクウ独りだ。黒丸さえも居ない。それでも構わなかった。やるべき事がクウには見えていた。この混乱を納めることが出来るのは大喝破さまだけだった。水紋の国の帝である大喝破さまであれば、烏頭鬼の軍勢も……必要であれば……ラスも打ち払うことが出来るだろう。でも、大喝破さまは岩戸にお隠れになってしまった。最後の式神が霧街で息を引き取ってから久しい。大渇破さまと遠方から連絡を取る方法は無くなってしまったのだ。直接、岩戸があるリツザンの雄山に大喝破さまに会いに行くしかないのだ。しかも、行ったところでお目通りが適うとは限らない。事実、四牙のサカゲは大喝破さまに会いに行ったが、大谷がある一乃越いちのこしで先に進むことが出来ず、引き返してきていた。クウは三乃越さんのこしの先にある雄山直下の岩戸を抜けて大喝破さまの居る称名池まで行かねばならない。標高は三千メートルを超える。雪と敵対種クリーチャーと急峻な地形が命をつまみ取ろうとするだろう。


 (……でも、僕はやる。)


 息を切らせながらクウは霧街の大断崖を登り続けた。例えば、飛翔能力のあるフエナやハクのおかあさんが大喝破さまを呼びに行く方法もある。でも、それは達成出来ない。例えば、足の強いサカゲやグワイガがこの任務を負う事も出来る。でも、それでは目的は達成されないのだ。どの様な幸運に恵まれようと、最後に待つのは雄山直下の岩戸だ。それは岩の塊。高さ五十メートルの一枚岩だ。それが、大喝破の待つ大鍾洞へのと続く道を塞いでいるのだ。厚さ十メートルの岩石が塞いでいるのだ。岩戸は太古から、リツザンの誕生のその時から雄山に存在し、壊すことも動かすことも出来ない。只一人、帝を除いては。帝の許可無くしては、誰もそこを通れない。そう、クウ以外は。クウには可能性があった。


 ――オーロウ。


 クウの何もかもをすり抜ける技だ。幼生エイラの頃から行使出来、失敗ファンブルした今でも自在に扱える謎の技だ。大喝破さまからは技の本質が判るまでは使用するなと言われている。しかし、このオーロウであれば、最後に立ちはだかる岩戸を抜けて称名池に休む大喝破様に会えるかも知れない。黒丸はそう判断して、クウを送り出したのだ。クウもそれを充分に理解していた。その使命を原動力にして彼は遂に大断崖を登り切った。黒丸と別れてから既に三日が経過していた。大断崖の頂上には夏を想わせるからりとした風が強く吹いていた。そして――。


 「……クウ。」



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