第十四話 ロイの日常。
「一舞どうだ?」
六角金剛蟲王角一文字は道場の最奥から声をかけた。ここは霧城の中層に一文字の為に設けられた板敷きの道場で百畳程の広さを有していた。最奥で正座をしていた一文字の姿は、きりりとして空気を研ぎ澄ませるようだった。額から真一文字に伸びる角が天を差している。
「はい。是非。」
ロイは返した。ロイは道場の最も下座で一文字と同じようにすっと背を伸ばして正座していた。幼生である彼にはまだ一文字のような立派な角は無かったがその額には小さな突起があり、成体となれば父に負けない角になることは間違いなかった。彼――ロイの父親である一文字は霧街最強の舞闘者だった。勿論、現在霧街に居ない、リツザンの岩戸の奥に隠れているこの国の帝である大渇破と以前の世界を探す旅に出ている六角金剛鹿王角逐鹿は除いてという条件付きだが。それでも一文字の舞闘力は圧倒的だった。それは、彼の日々の修練に裏打ちされた実力だった。彼は強さの本質は日々の積み重ねだと考えていた。それ以外の要素、運や才能は最後の一瞬を決める要素にはなり得ないと考えていた。そして、いつか、逐鹿よりも大渇破よりも、と考えていた。
その息子であるロイも父と同じ考えを持って、日々の修練に励んでいた。この零の鍵の世界では舞闘に秀でた者が全てを手にする。権力も富みも名声も、何もかもが舞闘で決せられるのだ。彼の父はその中で結果を残し、今の地位を手にしていた。ロイも同じ気持ちだった。尊敬する父と同じように、さらにそれを越えて、舞闘会の老隈のリーグで優勝して霧城城主になることが夢だった。ロイは立ち上がり、一礼して、一文字に飛びかかる。一瞬で間合いを詰めて大きな拳を一文字の額に打ち付ける。
こおおおん。
と、金属が打ち付けられる音が響いた。だが、ロイの拳は一文字の強力な魂気に阻まれて一文字に到達していない。今、響いた音はロイの拳と一文字の魂気がぶつかった音だった。
「まだまだ軽いな。ロイ。」
一文字は姿勢を変えず、眼も開かず、ロイの渾身の一撃を受け止めてそう、評した。間を置かず、一文字は魂力をロイにぶつけた。衝撃でロイは元いた道場の入り口まで吹き飛ばされる。
「さぁ、準備運動はお仕舞いだ。本気でかかってこい。」
「はいっ!」
ロイは再び、父に挑む。いつか彼を越えることを夢見て。