第四十六話 希望と絶望6。
裏町の地上は大混戦だった。巨大な翼を持つ空飛ぶ烏頭鬼が二十匹もの群れで裏町に飛来していた。多くの忍達が、烏頭鬼の周囲を取り囲み攻撃を行っているが、飛翔できる烏頭鬼に文字通り手も足も出せずにいた。辛うじて弓による攻撃を命中させていたが、意味のある傷を負わせることが出来ていなかった。敵は五メートルもあり、殆どの攻撃は皮膚を傷つけるだけだ。六角金剛達が有効な攻撃を加えていたが、裏町の住人達を避難させながらの舞闘では、分が悪い。
「ファンブルは任せた!俺に烏頭鬼を預けろ!」
煮え切らない戦況に胆月が叫んだ。一文字と渦翁はそれぞれ、目配せをしてから、二手に分かれ、裏町の住人を誘導した。潮が引くように混乱する住人達は戦いの中心部から避難した。胆月が笑う。
「もう、誰もいないな?行くぞ?」
胆月の隈取りは白。完全獣化した月乃輪熊モルフ胆月の黒い体毛に浮き上がる。首元の鋭月とお揃いの隈取りが顔に背中に四肢に現れる。胆月の魂力の練度が跳ね上がる。寂れた裏町の大通りに破格の殺気が満ちた。住民を襲い、民家を押しつぶしていた烏頭鬼達は面白そうな獲物を見つけて振り返る。翼を持つ五匹の烏頭鬼が胆月を注視した。胆月は構わずに魂力を圧縮し、練り込んでいった。どこか胆月の深い深いところから地鳴りのような唸り声が湧き出してくる。それは胆月の喉元で暫くごろごろと引っかかっていたが、烏頭鬼が一斉に襲いかかった瞬間に咆哮となって迸った。質量を伴う胆月の咆哮に烏頭鬼達は怯んだ。しかし、すぐに持ち直し、一斉に飛び上がったかと思うと翼をたたみ急降下し胆月を襲った。胆月は咆哮を発散させた直後に魂力を爆発させた。魂力が直撃した烏頭鬼達は胆月に攻撃を加える事も出来ずに墜落する。その有様を察知した残りの烏頭鬼達は裏町の各所から一斉に胆月を目指して飛来する。
月下狂乱!!
胆月の真技が発動する。胆月は瞬時に体高十メートルの大熊に変貌した。赤く燃えるその瞳に理性も慈悲も無い。大木のような爪を振るい、烏頭鬼を引き裂いた。巨大な烏頭鬼も胆月の月下狂乱には全く歯が立たなかった。どの様な攻撃も彼の毛皮を焦がすことすら出来なかった。体高十メートル。鋼鉄の毛皮を纏う大熊は、暴れ回る。ほんの数秒で全ての巨大な烏頭鬼は引き裂かれミンチになり、大地を汚した。胆月は吠える。血に染まった瞳は殺戮を求めて、ぎょろぎょろと動いている。見つかればお仕舞いだ。敵も味方も。今の彼に理性はない。あるのは野生と狂気だ。だが、月下狂乱の胆月の舞闘力は六角金剛の中でも最高位にあった。彼の真技は、胆月を有象無象では太刀打ち不可能な領域に存在させている。烏頭鬼の血がキリのように裏町に舞う。周囲の烏頭鬼を殺戮し尽くした胆月は、敵の淀んだ気感じ取り、四つ足で駆け出す。ソコに理性は無い。胆月は、裏町の大通りを駆け抜けてジズ大橋の袂に到達する。橋の向こうに見えるのは、十万の軍勢……胆月は吠えた。




