第四十話 希望と絶望2。
「駄目だよそんなの。僕たちが守って繋いでいかかなくちゃ。」
水紋の中枢達はぎょっとなった。医療施設の地階を選んだのはその機密性からだった。無関係のファンブルなど入り込む余地は無い。ここに入り込める者は明確な意思を持った反乱分子以外には無い。パーロッサが、見切りの大太刀を振るう。が、
「あぶないじゃん。怪我したらどうすんのさ。」
対象は事も無く、致死の一撃を躱した。ハクが目を見開き悲鳴のように叫ぶ。
「クウ!」
相変わらず包帯でぐるぐる巻きだが、以前より包帯の量が減っている。顔からは包帯は取れて、愛らしい、優しいクウの顔があった。いつも通り、お気に入りのオーバーオールとゴーグルを身につけている。クウは布で包んだ大きな何かを抱えていた。ハクは立ち上がってクウに駆け寄ろうとしたがクウの方が早かった。議場の面々を確認するや否やさっとパーロッサを躱して黒檀に詰め寄った。クウは布の包みをテーブルに置いて黒檀を抱きしめた。黒檀は突然現れたクウに動揺していつもの判断力を発揮出来なかった。全てが後手に回り、絶望が到来する。世界を想い隠してきた核心がこぼれ落ちる。
「にいちゃん!」
クウはそれだけ言うと声を殺して泣いた。シキがファンブルして、姿を消して以降、どれだけの孤独を噛みしめてきたことだろうか。裕福な友人に愛されながらも、拭い去ることの出来ない孤独が常にクウと供にあった。ファンブルして居場所を失ってからは尚更。沢山の飢えがあった。沢山の差別があった。沢山の苦痛があった。生死の境界を歩き続け何度ももう駄目だと思うことがあった。それでも生きてきた。シキと語り合った夢を支えに、まだ見ぬ風景を糧にして。
「生きてたんだ……。」
それは喜びと言うよりは安堵だった。クウはずっと限界を走ってきた。最後の子というステータスは忘れ去られ、霧街は離れて裏町は拒絶した。新しい友達も出来たが、それでもクウには所属がなかった。居場所が無かったのだ。今、目の前にシキがいた。抱きしめた腕の中だ。シキは黒化を解いた。クウのことを優しく暖かい腕が包む。
「久しぶりだな。クウ。大変だったな。」
クウは泣いた。シキでさえ一粒の涙をこぼした。一文字も渦翁も胆月も失踪して死んだと考えていたシキが生きていたことを素直に喜んだ。しかも、この極限の状況に忍の総代として、絶対的な舞闘力と供に戻って来てくれたのだ。一文字は蟠りを抱えたままの霧街と裏町が一つになれる予感がした。烏頭鬼との絶望的な戦のただ中ではあったが、この兄弟が再開したことは大きな福音に思えた。その声が響き渡るまでは。




