第三十七話 炎の攻防6。
破裂する鉄拳!
最後の一撃で、三面六臂の全ての腕は吹き飛んで、顔も最後の一つとなった。ロイは九頭竜にしたように破裂する鉄拳の連撃を巨人に打ち込みその命を削りきった。
「ロイ!交代だ。」
熾天炎化したポーは美しい翼をはためかせた。ため込んだ全ての魂力を解放する。ポーが飛び立った大地は熱で溶けて押しつぶされる。灼熱の鏃となったポーは三面六臂の最後の頭部を貫いて燃やし、巨人を打ち倒した。そのままその背後に広がる“闇穴”に飛び込む直前で、払い落とされた。二体目の三面六臂が“闇穴”から立ち上がりポーを叩き落としたのだ。続けて、三体目、四体目。
「どうなってんだ、これ。」
ロイは、真顔で硬直する。三面六臂の巨人達は海岸を悠々と陸に上がる様に“闇穴”から現れる。その巨大な穴は闇を湛えていた。闇は海のように波打ちうねる。あと僅かのところでポーの炎は届かなかった。ロイはサカゲもフエナも到達できないことを理解していた。最後のチャンスに賭けるしかなかった。ロイはその瞬間を計った。目の前では体高十メートルを超える烏頭鬼の巨人が彼を見下ろしていた。巨人達は無力なロイを狙い、ゆっくりと獲物を振りかぶった。ロイにはもう巨人の攻撃を回避する力は残っていなかった。かざされた巨大な棍棒はロイに陰を落とし、そして。
兎牙!!
コクトが大跳躍から帰還した。超高高度から打ち落とされる槍は岩山も砕く威力だ。その一撃で一体の三面六臂が貫かれて、絶命した。轟音を上げて倒れる巨人の足下で槍を担いだコクトがヘラヘラと言う。
「こっち来てから三回飛んだだけだから、まだまだ、やれるよ。」
とは言え、コクトだけでは分が悪い。残り2体の三面六臂を同時に裁くことなど出来ない。だが、ロイの繊細なセンサーがその兆候を捉える。コクトの後を追う形で黒丸が到着した。轟音を上げて着地する。粉塵の中に立ち上がる黒丸の顔には隈取りが現れていた。それは成体の中でもごく一部のものしか到達出来ない、舞闘の極みだった。隈取りを纏うモルフはその舞闘力を乗倍させる。六角金剛である黒丸は、破格の舞闘力を示した。
真化金剛掌!!
突き出した黒丸の掌底から発せられる衝撃波は二体の三面六臂を押しつぶし、“闇穴”を波打たせた。
(これが六角金剛の全力か……。)
畏怖の念を持って黒丸を見つめるロイはしかし、更に三面六臂が“闇穴”から這い出してくるのを目撃した。黒丸は膝をついた。黒丸とて無限舞闘を使える訳では無いのだ。もう時間切れだ。何もかもが無意味だった。あの闇の奥には何があるのだろうか?ポーは倒れたまま動かない。膝をついた黒丸は一瞬で烏頭鬼の群れに飲み込まれた。黒丸の怒号が上がる。だが、反撃は成功しない。ロイは今がその時なのか判断がつかなかったが、もうこれ以上は待っていられなかった。最後の魂力を振り絞って、技を放つ。
白死!!
跫音と閃光が全てを包み打ち付ける。地上にいた何もかもが動きを止める。“闇穴”でさえその瞬間、役割を失い、ただの布に戻る。這い出そうとしていた三面六臂の巨人は突然閉ざされた穴に埋まり、溺れ或いは、沈んで消えた。だが、それも一瞬。すぐに“闇穴”はその役目を取り戻し、鳥口の三面六臂は行進を再開する。巨人の足音に大地が揺らぐ。彼ら水紋の戦士に限界が来ていた。体力を失い負傷して、身動きがとれなくなっていた。敵は闇からあふれ出す。倒しても倒しても、その数を減らすことが出来ない。そもそも、“闇穴”を焼き尽くしたとして、どうやって裏町に帰還するつもりなのだろうか。ここは敵陣の中心部。野営地の外周部に達するまで数キロの距離、数万の烏頭鬼を相手にする必要がある。限界だった。彼らは水紋の国の為の尊い犠牲になるしかなかった。ロイの最後の時間稼ぎも空しく効果を無くしたその時、空から燃え上がる炎の塊が落ちてきた。それは熾天炎化したヒハクだった。コクトの大跳躍で運ばれてきたのは黒丸だけでは無かった。ヒハクは残った魂力の全てを注ぎ込み、大跳躍の上空で熾天炎化した。そのまま、落下しながらその炎を高めていき、“闇穴”の中央に落ちた。そして、爆発した。“闇穴”のエネルギーが熾天炎化の超高熱に爆発的反応を起こしたのだ。一瞬で辺りは火の海に沈み、続けて火柱が上がった。周囲にいた巨人の烏頭鬼達は悲鳴を上げた。歪んだまがまがしい嘴から怒りと苦痛の咆哮を発した。爆発と呼ぶのに相応しいほどの燃焼が発生して闇穴は――ああ。一瞬で灰になった。モルフ達はやり遂げたのだ。遂に“闇穴”を焼き払ったのだ。だが、烏頭鬼達は益々怒り狂い、水紋の戦士達に襲いかかる。彼らに逃げ場所などなかった。状況を理解した黒丸はあらん限りの声で叫んだ。
「潮時じゃ!引け!!」
念珠が黒丸の声を伝える。十人目の戦士に。それは外衣の遙か向こう。裏町の中央広場に彼はいた。
「全滅したかと思いましたよ。」
クモモルフのセアカは九本の糸を素早く引き上げる。九本の糸は外衣の闇に吸い込まれており、そのまま野営地へと続き、そこにいる仲間達の一人一人を結んでいた。絶対に切ることも途切れることも無い絶対捕縛の糸は野営地の乱戦も熾天炎化の超高温にも耐えて、彼らを裏町に引き戻す。突然、糸に引っ張られたパーロッサは作戦が完遂されたことを理解し、笑った。
「烏頭鬼ども!我らは一度、引く。だが、待っていろ。すぐに全軍で決戦を挑む。せめて最後の晩餐を済ませておくのだな!」
パーロッサとフエナはそれぞれ携帯していた外衣に引き込まれる。その場には外衣だけが残る。無数の烏頭鬼の屍が、彼らの希望である裏町と繋がる外衣を隠す。絶対捕縛の糸は目視できず、烏頭鬼達には、水紋の戦士達が突然、仲間の死体の中に消えたようにしか見えなかった。セアカの糸は仲間と繋がり彼らをたぐり寄せていく。気絶寸前のサカゲとグワイガも外衣に吸い込まれた。コクトも糸にたぐり寄せられ、外衣に消える。そして、ポーもパーロッサのも外衣に飲み込まれる。
……しかし。




