第三十二話 炎の攻防1。
黒丸は焦っていた。この作戦は三つのチームのどれかが闇穴を滅却する前提だった。だから、チームはそれぞれで完結しており、そのどれかが失われてもどれか一つが任務を遂行すれば、勝利出来る筈だった。この為、野営地に乗り込んだ三つのチームはそれぞれ互いの能力を補完出来る様に編成されていた。例えば、チーム水鏡であれば、敵から姿を隠す能力のある黒丸、超攻力のロイ、そして炎を自在に操るフエナ。チーム狼炎は超攻力はグワイガ、炎はサカゲ、完全回避のコクト。黒化については忍からどのような編成であるか詳細は聞かされていないが、黒檀の言葉を借りれば、
(全員が全てを兼ねる。)
とのことだった。だが、野営地に乗り込んだ段階ですでにその目論見は崩れていた。同じ外衣に飛び込んだ仲間でも脱出したタイミングや場所が違うのだ。同じ外衣から突入して、別の外衣から野営地に出現している。その出現時間もバラバラだ。現時点でチームは瓦解していた。成すべきことは一つ。闇穴に一瞬でも早く到達して、自身の能力を補完してくれるチームを再構築することだ。黒丸は加速する。ヤハクを抱えたままで。周囲には戦塵が舞い、烏頭鬼共の悲鳴が蔓延している。黒丸は戦太鼓が鳴り響き、脂臭い黒煙が立ち上る大地を駆け抜けた。直感する。
(近い。)
彼の直感は外れること無く、彼らを闇穴に導いた。走り抜けてたどり着いた黒煙の先には闇穴を囲む空間があった。周囲には仲間達もいる。それは想像を絶する光景だった。直径百メートル程の闇穴の周囲を恐るべき数の烏頭鬼が取り囲んでいた。それはこれまでなぎ払ってきた、有象無象の下層兵ではなかった。強靱な肉体を備えた巨大な烏頭鬼。体高は5メートルを超える。山のような烏頭鬼が十体程、怒りに身を任せて暴れ回っている。
「おお!」
黒丸は声を上げずに居られなかった。全員が到達していた。グワイガが恐るべき足技で何もかもを切り刻んでいく。長く強靱な脚から繰り出される足技は、魂力を纏って斬性の衝撃波となり飛ぶ。不可視の刃は戦場を剪断していく。グワイガは跳躍し、ぐんぐん闇穴に近づいていく。その後を完全獣化したサカゲが追う。ミグラのフエナは炎を吐き巻きながら低く滑空してくる。パーロッサは悠々と歩きながら、携えた長剣で烏頭鬼の群れを切り開いていく。コクトが空から降ってくる。ミグラよりも遙かに高い位置から落ちてきた。彼は自慢の脚力を使った大跳躍で誰とも戦わずに目的地に到達したのだ。大跳躍から帰還したコクトが闇穴の縁で言う。
「はやく燃やそうよ。」
長い耳をチラリと曲げてコクトは仲間を振り返る。一瞬を追って、ポーとロイがその類を見ない直進力でそこに到達する。無数の烏頭鬼が跳ね飛ばされて、死んでいく。彼ら三人は十体の巨大な烏頭鬼が作り出す壁の内側に入り込んでいた。その烏頭鬼巨人達はコクト達に注意を払う様子も無い。サカゲやグワイガとの交戦に全力を上げている。
「では、炎の役目である私が“闇穴”を焼き払います。」
ポーは黒化を保ったまま胸の前で指を組み祈るような仕草で魂力を練り上げていった。
(ファンブルは術技を1つしか使いこなせないはずだ。この黒化が技であるならば……どうやって火を操るんだ。)
ロイは心の内にファンブルを下に見ている自分を感じ取り、不快に思った。一瞬、ロイの中で、戦場の喧噪が消滅した。幼生の頃のクウの顔が、ファンブルして包帯だらけになってしまったクウの顔が浮かんで消えた。ロイは頭を振って意識を戦場に戻す。
「あー。ちょ、ちょっとまずいかも。」
クロオオウサギモルフのコクトはすらりとした美しい体に緊張を巡らせながら言った。一体の烏頭鬼が“闇穴”から這い上がってくるところだった。体高十メートルの巨人だった。三面六臂の烏頭鬼だ。その体に纏った魂力が、この戦場を埋め尽くしているどの烏頭鬼とも格が違うをことを証明していた。ロイは両の拳を打ち付けて、気合いを込める。彼の新しい……クウが用意してくれた……外殻のあちこちが小さく開き、熱気や光を漏らす。魂力核の出力が上がっていることを示すうなりがロイの内部から湧き上がる。
「やっと、全力で戦えそうな相手だ。この外殻なら、余裕だろ?そうだろ?クウ。」
呟くロイの顔面を外殻が覆った。両手に黒玄翁《黒玄翁》を構えロイは三面六臂の化け物に挑む。
「根性あるなロイ。」
言うとコクトは再び大跳躍を行い、空に消えた。




